つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100761

納豆菌における分泌タンパク質のプロテオーム解析

佐藤 志保(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中村 幸治(筑波大学 生命環境科学研究科)

【目的】
 全ゲノムが決定した生物においては、その情報を利用した解析が行われ、遺伝子の発現、転写、翻訳だけでなくタンパク質やRNAなどによる修飾・相互作用についても明らかになってきている。ある生物や特定の細胞・組織・器官の中で生産されるタンパク質全体について二次元電気泳動上に展開するプロテオーム解析は生育条件における遺伝子発現の詳細を解析する上で有効な方法であり、応用面でも用いられるようになってきた。本研究では日本の伝統的な発酵食品である納豆を作る、納豆菌(Bacillus subtilis natto)を用いて解析を行った。納豆菌は生育段階で様々な種類のタンパク質を菌体外に分泌する。それらのタンパク質のうち、菌の生存に必要なもの、納豆を形成するために必要なものなどが存在すると考えられるが、その種類や働きについてはあまり知られていない。分泌される全タンパク質についてその分泌パターンの解析を進めることは、納豆という食品の味、栄養効果、納豆菌の分泌するタンパク質の有用性等の応用面において有効であると考えられる。本研究では様々な生育段階、生育環境によって納豆菌が分泌するタンパク質にどのような違いが生じるか、納豆を作る課程でどのように使用されるタンパク質なのか、またその新規有効性はあるのかについてプロテオーム解析という手法を用いて科学的に解析することを目標とした。

【方法】
(1) 培養条件・培養時間による分泌タンパク質の比較と同定
 納豆菌 宮城野株をSoy Broth (SB) 寒天培地上で静置培養、Top Agar上での培養( SB寒天培地上に低濃度の寒天と菌を混ぜたものを流し入れ、静置培養)、回転振とう培養( SB寒天培地上に最少液体培地と菌を混ぜて流し入れ、回転振とう培養)、最少培地上で回転振とう培養、3倍濃縮SB培地上で回転振とう培養、液体培地で振とう培養する。これらの培養時間を変えて分泌タンパク質を回収し、二次元電気泳動法を用いて違いを検出する。この結果を比較し、差が顕著に見られる特徴的なスポットに関して、質量分析装置(MALDI-TOF MS)を使用し、タンパク質の同定を行う。

(2) γ- PGA分解酵素を使用したγ- PGAにトラップされるタンパク質の検出
 納豆のネバネバ成分であるγ- PGAを切断する酵素であるPghPの遺伝子をタンパク質発現ベクターに挿入。大腸菌でクローニングし、タンパク質を大量発現させ、PghPタンパク質を精製、活性を確認する。
方法(1)において、培養時間が長くなるにつれて検出されるスポットが減少することから、γ- PGAにタンパク質がトラップされていると考えられる。そこで、精製したPghPタンパク質を反応させ、γ- PGAを切断することにより、そのタンパク質を検出する。

【結果・考察】
 静置培養、液体培養、回転振とう培養といった培養条件の違いで分泌されるタンパク質に違いが生じた。この結果を受けて、培養条件により、量・種類の変化が大きいスポットを選び、MALDI-TOF MS による解析を行った。枯草菌のタンパク質のデータベースを使用し、それらのタンパク質を同定した。また、培養時間が長くなるにつれ、分泌されるタンパク質が減少していった。この結果を、分泌されたタンパク質が生産されるγ- PGA によって捕捉されているためではないかと考えた。この可能性を検討するため、Hisタグによって精製したPghPタンパク質を納豆菌の培養上清から単離したγ- PGAに反応させ、γ- PGAが短く切断されることをアガロースゲル電気泳動により確認した。

【今後の予定】
(1)違いが顕著だったスポットに関して、MALDI-TOF MSによる同定、機能解析を行う。
(2)PghPタンパク質を用いて、方法4の実験を培地、培養時間及び 培養条件を変えて行う。
(3)培養条件をより納豆形成状態に近付け、分泌タンパク質に量的・質的な変化が見られるかを検証する。
(4)二次元電気泳動法で確認されるタンパク質が培地の分解産物か、納豆菌が分泌したものなのかを検証する。


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