つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100763

テトラヒメナの ADF/cofilin 様タンパク質の同定と機能解析

汐崎 七海 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 沼田 治 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【目的】
細胞質分裂は、有糸分裂の完了後、細胞を 2 つに分ける細胞増殖に必須な生命現象である。動物細胞の細胞質分裂は、アクチン繊維とミオシンからなる収縮環の形成と収縮により進行する。テトラヒメナ Tetrahymena thermophila は動物細胞と同様に収縮環により細胞質分裂を行う。これまでに、テトラヒメナの収縮環形成に、アクチン調節タンパク質であるプロフィリンやフィンブリン、ペプチド伸長因子 1α (EF-1α) などが関わることが分かっている。しかし、これらのタンパク質の働きだけでは、収縮環におけるアクチン繊維の制御を説明するには不十分である。最近、テトラヒメナのゲノムプロジェクトの進行に伴い、アクチン調節タンパク質遺伝子の網羅的な探索が可能になった。その結果、アクチン繊維を脱重合・切断する ADF/cofilin 様タンパク質の存在が示唆された。これまでにテトラヒメナにおいては、アクチン繊維の切断や脱重合に関わるタンパク質は見つかっていない。そこで、この遺伝子 ADF73 の収縮環形成における働きを調べることにした。

【方法】
1. ADF73 遺伝子のクローニング
テトラヒメナのゲノム DNA と cDNA ライブラリーから、 ADF73 を PCR 法により増幅し、クローニングした。得られた DNA 断片については塩基配列を調べて、目的の遺伝子であることを確認した。
2. 大腸菌を用いた Adf73p の発現と精製
pGEX4T-1 を用いて ADF73 の cDNA の発現を試みた。テトラヒメナではGln をコードする TAA コドンは、一般的な生物では終止コドンとなる。そのため、 in vitro の点突然変異導入法を用いて CAA コドンへ改変した。この遺伝子を発現した大腸菌を破砕し、得られた抽出液をグルタチオンセファロースビーズと混合した。その後、洗浄して非結合タンパク質を排除し、GST-Adf73p を回収した。さらに、トロンビン処理により、 GST と Adf73p を切り離し、溶出される Adf73p を回収した。
3. Adf73p 精製産物のウサギ骨格筋アクチンに対する生化学的活性
アクチンと Adf73p を、25℃で2時間反応させ、 150,000×g で 30 分間遠心した。得られた上清と沈殿に含まれるアクチンと Adf73p の量を SDS- ポリアクリルアミドゲル電気泳動法 (SDS-PAGE) で調べた。
4. 分裂酵母 Schizosaccharomyces pombe を用いた Adf73p の機能解析
Adf73pと緑色蛍光タンパク質 (YFP) の融合タンパク質を分裂酵母に発現させ、蛍光顕微鏡を用いて YFP-Adf73p の局在を観察した。また、 adf1 温度感受性変異株に Adf73p を発現させ、増殖能を調べた。

【結果・考察】
 特異的なプライマーを用いて PCR を行った結果、テトラヒメナの ADF73 のゲノム DNA と cDNA をクローニングすることに成功した。cDNA の存在は、 ADF73 がテトラヒメナで発現していることを示唆した。ADF73 の推定遺伝子産物のアミノ酸配列は全長が 136a.a. である。ヒトデ Asterias amurensis や住血吸虫 Schistosoma japonicum などの他の生物の ADF/cofilin と相同性が高いことが判明した。
 大腸菌の発現系から精製した Adf73p は SDS-PAGE の結果、 14.5 kDa の位置に検出された。これはアミノ酸配列から推定される分子量と一致した。次に Adf73p のウサギ骨格筋アクチンとの生化学的活性について共沈実験により調べた。アクチンは繊維状態では強い遠心力のもとでは沈殿する。この時、アクチン繊維に結合するタンパク質は共に沈殿する。一方、アクチン繊維を切断、脱重合するタンパク質が共存した場合、沈殿するアクチンの量が減少することが期待される。実験の結果、Adf73p がアクチンと共に沈殿するのが認められた。しかし、アクチンの量が沈殿から上清へ増える傾向はみられなかった。従って、本実験条件下では Adf73p はウサギ骨格筋アクチン繊維に結合はするが、脱重合する働きはないことが示された。テトラヒメナのアクチンは他の生物のものと相同性が低いため、 Adf73p のアクチンへの作用部位が高等動物の ADF/cofilin と異なる可能性が推測される。現在、 Adf73p の生化学的活性を評価するため、テトラヒメナのアクチンの精製を試みている。
 分裂酵母の ADF/cofilin である Adf1 は、収縮環形成に必須であることが示されている。そこで、分裂酵母を用いて Adf73p のアクチンに対する活性について調べた。最初に、分裂酵母における Adf73p の局在を YFP との融合遺伝子を用いて調べた。その結果、 Adf73p が分裂酵母のアクチン構造体に局在している様子が観察された。薬剤処理によりアクチンを脱重合すると、 Adf73p が細胞内に分散した。そのため、 Adf73p は分裂酵母のアクチン繊維と結合していることが示唆された。さらに、 adf1 変異株の温度感受性の増殖障害を Adf73p の発現は回復させた。これより、 Adf73p は分裂酵母のアクチンを脱重合する能力があることが考えられた。
 今後、 Adf73p の抗体を作製し、免疫抗体法によりテトラヒメナにおける Adf73p の局在性を調べる。また、アンチセンス rRNA 法を用いて ADF73 をノックダウンし、収縮環形成への影響を検討する。


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