つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100764

ウシガエルの神経単離と細胞外誘導法によるtastantに対する神経応答

鈴木 啓明 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中谷 敬(筑波大学 生命環境科学研究科)

<導入・目的>
 摂食行動は動物にとって生命を維持するのに必要不可欠な行動のひとつである。その際に重要な役割を担っているのが味覚である。味覚は、甘味、うまみ、酸味、苦味、そして辛みの5種類に区別される。積極的に摂食行動を起こさせるようにする味覚には甘味やうまみがあり、有害な物質を避けるようにさせる味覚には酸味や苦味がある。現在味覚の研究は電気生理学的手法や遺伝子解析などのさまざまな方法により近年飛躍的に研究されてきている。その結果tastant(味物質)の受容体やそれに共役するG-protein、セカンドメッセンジャーの存在、シグナルトランスダクションに関与するタンパク質などが同定されてきた。
 本研究においては電気生理学的手法のひとつである細胞外誘導法を用いて様々なtastantに対する神経応答を記録し、その電気的応答を解析すること、また、そのためにウシガエルの丈夫な神経束を細胞外誘導法で記録がとれるよう単離することを目的とした。

<材料・方法>
 材料には動物業者から購入したウシガエル(Rana catesbeiana)を用いた。カエルは室温(約25℃)で飼育した。カエルの脊髄を背中側からハサミを用いて切断し、ピスした。そして下顎をできるだけ口の根元から切り取った。次にsylgardをしいた自製のシャーレ上に置き、ムシピンを使いできるだけ舌を伸ばして固定した。
 神経単離はまず、ハサミで舌の余計な筋肉を取り除いた後、左右一対になっている神経束をできるだけ周辺の組織がついていない状態で取り出した。次に、あらかじめヒートポリッシュして先端を丸くしておいたガラス管(パッチ電極と同様のもの)を用いてまだ残っている周辺の組織を取り除いた後に、神経束を縦にできるだけ細く裂いた。このようにして神経単離を行い、得られた神経を顕微鏡下のもと次の手順で細胞外誘導の実験を行った。
 まず、単離した神経があるシャーレに電流の漏れを防ぐためにミネラルオイルを加え、上層をミネラルオイル層、下層をRinger層にした。次に、銀線を単離した神経に引っ掛けた。うまく引っかけた後、引っ掛けた部分をミネラルオイル層内に納まるようにした。次に様々なtastant(Quinine, L-leucine, NaCl, KCl, CaCl2, sucrose, acetic acid, L-alanine)を濃度を変えて注射針の先端からたらし、舌に与えてその神経応答を観察した。また、各々のtastantはDW(distilled water)に溶かした状態で与え、舌をRinger液で10分間洗浄したのちに与えた。tastantを与えたときに生じる電位を記録し、解析を行うことによって電気的特性を調べた。神経束からの信号は差動増幅器で増幅し、オシロスコープで観察した。記録はテープレコーダーとペンレコーダーの両方で行った。

<結果・考察>
 神経を単離するにあたって、神経束から周辺の組織を取り除き神経束を組織から取り出すことは容易に可能だった。しかし、解剖用のハサミなどではどうしても取り除くことが困難な周辺の物質が存在したり、神経束を縦に細かく裂く作業もハサミや柄付き針では先端が太すぎて困難であった。このためにまず用いたのがタングステンであった。なぜならタングステンは飽和亜硝酸カリウム溶液で電解研磨すると先端が非常に細くなるためである。しかし、タングステンは金属であり細胞にとって有害なので記録が取れない可能性がでてきてしまった。ここで考えられたのが細胞に無害であるガラスのパッチクランプ法に使用しているガラス微小管であった。ガラス微小管の先端は白金線のヒーターで熱研磨し、その先端を丸く処理した。またガラス微小管は電極プラー(SUTTER, MODEL P-97/IVF)を用いることにより好みの細さなどに調節できるのでこれにより神経束を容易に縦に細かく裂くことができるようになった。
 上記の単離法により単離した神経に様々なtastantを与えてそれぞれの味に対する神経応答を検証した。神経束のうち舌の先端を支配している神経と、舌の奥を支配している神経をそれぞれ切断してそれぞれの味に対するtastantを与えてその応答を記録した。その結果、舌の奥を支配している神経を切断して舌の先端を支配している神経を残した神経ではNaClやsucroseといった辛味、甘味のtastantと多く反応し、舌の先端を支配している神経を切断した神経では、Quinineやacetic acidといった苦味、酸味のtastantと多く反応した。これにより、味の種類によって感受性が高い部位が異なっており、それぞれの味に部位特異性があることが明らかになった。


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