つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100765

イモリ嗅細胞における匂い応答の細胞イメージング法による解析

鈴木 むつみ (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中谷 敬 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【導入】
 本来嗅覚は、生きていく上での自己防御手段であると同時に、動物の世界では仲間の認識に使われたり、生殖行動の誘因手段になったりする。個体維持のため、種族保存のためなど、生物が厳しい環境の中で生きていくために、嗅覚は非常に重要な感覚である。それにもかかわらず、匂いを認識する機構は未だ不明な点が多い。
 外界から鼻腔内に入ってくる匂い物質は、嗅上皮の嗅細胞によって受容される。匂い分子は嗅繊毛の細胞膜上にある嗅覚受容体によって認識され、匂い分子を受容した嗅覚受容体は、Gタンパク質を活性化し、さらにアデニル酸シクラーゼを活性化することによって、セカンドメッセンジャーであるcAMPを産出する。cAMP濃度の上昇に伴い、イオン非選択性陽イオンチャネルであるCNG(cyclic-nucleotide-gated)チャネルが活性化し、その結果、嗅細胞の樹状突起隆起が脱分極し、軸索小丘で活動電位が誘発される。
 嗅覚受容体はGタンパク質共役型受容体のファミリーで、約1000種存在することが知られている。そして個々の嗅細胞はそのうちの1種類を発現していると考えられている。数十万種とも言われる多様な匂い分子は、約1000種類の嗅覚受容体によってどのようにして異なった匂いとして認識され、区別されるのだろうか。これまでの一連の電気生理学・分子生物学的知見からすると、1種類の嗅覚受容体が単一の匂い分子に対応するわけではないようである。そこで本研究では、匂い受容・認識機構の解明を目指して、単離した嗅細胞での匂い応答をカルシウムイメージング法を用いたCa2+濃度変化として計測することを試みた。

【方法】
嗅細胞単離
 材料には動物業者から購入したアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)を用いた。低温麻酔したイモリを断頭した後、Ca2+、Mg 2+を除いたRinger液中で解剖し、嗅上皮を取り出した。摘出した嗅上皮は35℃のコラゲナーゼ溶液(7mg/ml)中に10分間置き、Ringer液で洗浄した後、さらに4℃で20〜30分インキュベーションした。組織をピンセットで細かくし、DNase溶液中に移して室温で10分インキュベーションした後、パスツールピペットでトリチュレーションを行い単離嗅細胞標本を得た。

カルシウムイメージング法
 嗅上皮から単離した嗅細胞にCa2+感受性蛍光色素であるFura-2をロードし、高速Caイオン濃度測定システム(浜松ホトニクス)を用いて蛍光測定を行った。刺激に対する応答としてFura-2の340、380nm励起による蛍光強度比率(F ratio)の変化により細胞内Ca2+濃度の変化を測定した。匂い刺激は蛍光顕微鏡下で潅流装置を用いて行い、匂い物質としては、odorant cocktail (0.05%n-amyl acetate, iso-amyl acetate, cineole, limonene)、各々1mMのanisole、n-amyl acetate、iso-amyl acetate、cineole、limonene、iso-valeric acidを用いた。これらは全て揮発性の匂い物質である。

【結果・考察】
 単離嗅細胞の匂い刺激による応答の1例を図1に示した。この細胞では匂い物質odorant cocktail に反応して蛍光強度比率が増加し、すぐに減少した。蛍光強度比率の増加はこの細胞で匂い刺激によって細胞内Ca2+濃度の急激な上昇が引き起こされ、odorant cocktail に応答したことを示している。また、Ca2+濃度の上昇は繊毛基部付近で顕著である(図1A-C)。このことから、Ca2+は匂い刺激によって開いた嗅繊毛のCNGチャネルから流入したことが示唆される。また、応答が一過性であるのは、持続的に与えた匂い刺激によって嗅細胞が順応状態になり、細胞感度が低下したためだと考えられる。
 各々の単一嗅細胞はすべての匂い物質に応答するわけではなく、細胞によって異なる種類の匂い物質に応答することが観察された。これらの結果を踏まえて、今後は、より安定した応答を記録できるよう手法を確立するとともに、同時に複数の細胞の応答を計測できるというカルシウムイメージング法の利点を生かして、嗅細胞の匂い応答パターンの解析をさらに進めていく予定である。また、心理学的には古くから知られているマスキングなどの匂い同士の相互作用のしくみについても検討していきたい。



 図1 単離嗅細胞の匂い物質に対する応答
最初の矢印(↓)は刺激を与えたタイミング、2番目の矢印はwash outのタイミング。


    ©2005 筑波大学生物学類