つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100768

核移植を用いたミトコンドリア病モデルマウスの受精卵遺伝子治療

高野 朋子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 林 純一(筑波大学 生命環境科学研究科)

【目的と背景】
 ミトコンドリアは真核生物の細胞小器官であり、生体内で消費される大部分のATPを合成している。その内部には、核とは別に独自のゲノムである環状二本鎖のミトコンドリアDNA(mtDNA)を持ち、ATP合成に必要な呼吸鎖酵素複合体のサブユニットがコードしている。またmtDNA上に特定の欠失突然変異や点突然変異が生じることによって、ミトコンドリア呼吸機能が低下し、ミトコンドリア病と総称される様々な病態を引き起こすことが知られている。
これまで所属研究室では、病原性大規模欠失突然変異型mtDNA (ΔmtDNA) を有するMito-miceを用いてミトコンドリア病の解明を行ってきた。また、ミトコンドリア病治療法の確立を目的として、Mito-Mice受精卵の核を、正常なmtDNAを持つ卵に移植する核移植法を行うことを計画している。しかし、核移植の際には核と同時にΔmtDNAを持つミトコンドリアも正常卵に導入されてしまうため、完全にΔmtDNAを排除することは技術的に困難である。先行研究において日本産野性マウス由来系統であるMus musculus molossinus のmtDNAと、実験用マウス系統であるM. m. domesticus のmtDNAを同一培養細胞内に混在させるた場合、M. m. domesticus mtDNAが排除される現象が確認されている。ΔmtDNAはM. m. domesticus 由来のmtDNAであるため、M. m. molossinus mtDNAを持つ卵を核移植の際のレシピエントとして使用すれば、Mito-mice核と同時に導入されたΔmtDNAは排除されることが期待される。
本研究では先行研究の培養細胞におけるM. m. domesticus mtDNAの排除がマウス個体レベルでも観察されるかを確かめるために、野生型M. m. domesticus mtDNAとM. m. molossinus mtDNAを混在させたマウスを作製することを目的とした。


【材料と方法】
 M. m. domesticus mtDNAを持つマウスとしてB6(C57BL/6J)、M. m. molossinus mtDNAを持つマウスとしてB6mtJを用いた。過排卵により得られたB6とB6mtJの前核期受精卵を、脱核操作しやすくするためにサイトカラシンBとノコタゾール処理を行った。マイクロマニピュレーターを用いてB6mtJから抜き取った細胞質を含む前核を、同様の操作で前核を除去しておいたB6受精卵に導入し、電気融合を行った。融合が確認された受精卵は仮親用ICRマウスに卵管移植を行った。


【結果と考察】
 B6の受精卵から前核を取り出し、再びB6の受精卵に導入したところ、11個を仮親に卵管移植し3個体の出生個体を得ることできた。このことによって、実験操作的には核移植を行っても個体を得られることが確かめられた。
 そこで、B6受精卵から前核を除去し、B6mtJの前核を含む細胞質を導入したところ、32個移植したが、現在のところ個体が得られていない。仮親の子宮内には、着床した痕が残っているので、着床後に発生が止まった可能性がある。これは核移植を行う際に、前核または受精卵の細胞質自体に物理的、または化学的なダメージが加わり、正常な発生ができないからではないかと考えられる。今後、より多くの核移植を行い、確率的に少しでも多くの正常な受精卵を得られるようにする必要がある。


【今後の展望】
 第一にB6−B6mtJ間で核移植した個体を得られるように、より多くの核移植を行うことを計画している。
 またB6-B6mtJ間で核移植した個体において、先行研究と同様にM. m. domesticusのmtDNAが排除されるような現象が観察されるのであれば、B6mtJをレシピエントにして、ミトコンドリア病治療を目的としたMito-miceの核移植を行っていく予定である。


©2005 筑波大学生物学類