つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100771

ヤエナリ・テロメラーゼ遺伝子に関する研究

竹田 将也 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 酒井 慎吾 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 植物組織に高濃度のオーキシンを処理するとカルス形成が誘導されることが知られている。カルスは盛んに分裂を行っている脱分化した組織である。その一方で植物を含む真核生物は細胞分裂時におこるDNA複製で3’側のDNAが少なくともRNAプライマー分だけ短くなり、染色体末端が短くなる末端複製問題が起きる。このために一定回数の分裂が行われると、DNAの複製が起きなくなり、分裂を停止し細胞寿命が訪れる。しかし、カルスではDNAの複製ごとに短くなるDNAを修復するテロメラーゼという酵素の存在が知られており、そのためにカルスは無限に分裂することが可能であると推測されている。
 テロメラーゼは逆転写酵素の一種であり、テロメアDNA配列を合成するための鋳型RNAを持つ酵素である。テロメラーゼ活性のない植物組織にオーキシンを処理すると、テロメラーゼ活性を有するカルス組織が誘導されるが、その作用機構についてはほとんど明らかにされていない。本研究室において、オーキシン処理後のカルス形成までの期間が短いヤエナリ子葉を用いた研究で、オーキシンの1つである2,4-D (2,4-ジクロロフェノキシ酢酸)を用いた場合、処理後2?3日でカルス形成が観察され、一方テロメラーゼ活性の誘導はカルス形成よりも早い2,4-D処理後12?15時間で活性が上昇することが明らかになった。しかし、2,4-D処理後のテロメラーゼ遺伝子であるTelomerase reverse transcriptase(TERT)遺伝子の発現パターンが明らかでないため、私はヤエナリのテロメラーゼ遺伝子であるVrTERT遺伝子をクローニングし、発現時期を調べることで、オーキシンによるテロメラーゼの誘導機構の一端を解明することを目的とした。

【方法】
1. VrTERT遺伝子のクローニング
 既知のシロイヌナズナ、イネ、ダイズのTERT遺伝子のアミノ酸配列を参考にしてdegeneratedeプライマーを作製し、このプライマーを用いてRT-PCRを行い、クローニングを試みた。

2. ノーザンブロット法によるVrTERT遺伝子の発現解析
 2,4-D処理を0h, 1h, 2h, 3h, 6h, 12h, 24h, 36h, 48h, 60h, 72h行ったヤエナリ子葉を用いて、@で得られたcDNA断片をプローブとしてノーザンブロット法を行い、VrTERT遺伝子の発現を調査した。

【結果・考察】
(1)VrTERT遺伝子のクローニング
 ヤエナリから約500bpのcDNAの断片をクローニングすることに成功した。このcDNA断片がコードしているアミノ酸配列を他の3つのTERT遺伝子と比べたところ、相同性が高く、テロメラーゼ遺伝子のモチーフ領域も含まれていたため、ヤエナリTERT遺伝子の断片であると断定した。
(2)VrTERT遺伝子の発現解析
 2,4-D処理後1時間目ですでにTERT遺伝子が発現し、3時間目で最高に達し、その後緩やかに減少していることが明らかになった。さらに今回の結果から、TERT遺伝子が発現してからテロメラーゼ活性が誘導されるまで、10時間以上もの時間的ギャップがあることが明らかになった。この期間にTERTタンパク質が合成され、活性型テロメラーゼになるために、テロメラーゼ鋳型RNAの合成が行われるのではないかと推測している。

 現在、上記のヤエナリTERT遺伝子断片を用いて、全長鎖テロメラーゼcDNAを単離し、その配列を決定しているところである。


©2005 筑波大学生物学類