つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100772

マウスTranscriptomeにおけるNatural Antisense RNAの機能解析

田代 千晶 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中村 幸治 (筑波大学 生命環境科学研究科)

〈背景、目的〉

 近年のトランスクリプトーム解析によって多くのアンチセンスRNAが発見されている。アンチセンスRNAは原核生物から真核生物まで広く存在し、タンパク質をコードしない非翻訳性であることが多く、センス鎖RNAと相補的に二本鎖RNA (dsRNA)を作ることで遺伝子の発現を制御する。真正細菌では、機能が判明し、そのメカニズムの研究が進んでいるアンチセンスRNAも多くある。一方、真核生物ではRNA干渉、microRNA(miRNA)の生成過程においてdsRNAの形成が必要であることがわかっている。また、哺乳類でインプリント遺伝子座にアンチセンスRNAが多いことが知られている。cDNAプロジェクトで得られた情報をもとにした解析から、マウスでは約2500のセンス・アンチセンス遺伝子対が存在し、ショウジョウバエや線虫、その他イネやシロイヌナズナなどの植物にも多く存在することがわかった。これらのことから、アンチセンスRNAによる遺伝子発現調節は生物共通のメカニズムであるとの認識も広まりつつある。しかし、真核生物でアンチセンスRNAがどのようなメカニズムで遺伝子発現調節を行うのかほとんどわかっていない。

 真核生物におけるアンチセンスRNAによる遺伝子発現制御機構を解析する目的で、以下のような実験を行った。@生体内においてセンス、アンチセンスRNAはあるバランスをとって発現している。マイクロアレイ、ノーザン、RT-PCR解析によって発現が確認されたセンスとアンチセンス遺伝子を選び、マウスの培養細胞を用いてセンス・アンチセンス遺伝子の強制発現、ノックダウンを行い、細胞内でのバランスを変化させた時、RNA量の変化や遺伝子発現にどのような影響がでるか調べた。次に、Aセンス、アンチセンスRNAによる遺伝子発現制御がRNA干渉の機構などを通して行われている可能性も考えられるので、RNA干渉のコンポーネントであるDicerや核内でmiRNAのプロセシングに関与しているDroshaの発現を変化させることによってセンス、アンチセンス遺伝子発現にどのような影響がでるのかについて調べた。



〈方法〉

 dsRNA 形成能を持ち、発現が確認されたセンス又はアンチセンス遺伝子を発現するベクターを作成した。これらのベクターをマウス繊維芽細胞(3T3細胞)にトランスフェクションし、センス又はアンチセンス遺伝子を恒常的に発現する細胞株を得、転写産物をノーザンハイブリダイゼーションで解析した。

  RNA干渉またはmiRNAプロセシング経路を破壊するため、条件的にDicer又はDroshaをノックダウンするベクターを作成した。Dicer、Droshaのノックダウンには二通りの方法を用いた。一つは通常のshort hairpin RNA(shRNA)によるもので、もう一つは核内においてノックダウンターゲット配列を含む長鎖逆方向反復配列(inverted repeat配列)を発現するものである。これらの方法を用いて、RNA干渉またはmiRNAプロセシング経路を破壊したときのセンス、アンチセンス鎖RNAの発現の変化の解析を試みた。



〈結果、考察〉

 ノーザンハイブリダイゼーションの結果、一時的なセンス、アンチセンス遺伝子の強制発現では細胞内のセンス、アンチセンスRNA量の変化は確認されなかった。しかし、常にアンチセンス遺伝子を発現している細胞では細胞内に元々あるセンスRNAが消滅している事が確認された。これは強制発現させたアンチセンスRNAが細胞内のセンスRNAと相補的にdsRNAを形成し、RNA干渉によって分解された可能性があるので、今後はRNA干渉の経路を破壊したときにセンス、アンチセンスRNA量はどう変化するか、センス鎖RNA の消滅とRNA 干渉との関連を調べる。また、染色体のエピジェネティックな変化(DNAのメチル化など)による遺伝子サイレンシングである可能性もあるので、今後、解析を進める。


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