つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100774

ゾウリムシの無機イオンに対する行動反応

常見 高士(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 大網 一則(筑波大学 生命環境科学研究科)

導入
 単細胞生物であるゾウリムシは体表に生えている多数の繊毛を打つことにより遊泳する。ゾウリムシは外界からの様々な刺激に対して行動反応を示すことが知られている。例えば、前進遊泳中のゾウリムシが障害物にぶつかり細胞前端部分に機械刺激を受けると活動電位によって仲介された繊毛逆転が生じ、後退遊泳を行う。同様の後退遊泳は、外液中のK+濃度を増すことによっても引き起こすことができる。K+による後退遊泳は機械刺激などで生じる後退遊泳と比べて、持続時間が長いことが特徴である。これまで、K+による後退遊泳の制御機構は明らかではなかったが、近年、外液K+受容系の存在が明らかにされた。K+による後退遊泳の制御は活動電位が仲介した後退遊泳の制御機構とは異なっていた。無機イオンの受容系は高等動物における塩受容に対応すると考えられるので、ゾウリムシの無機イオン受容系を調べることは、生物が塩をいかに受容するかを知る上で重要である。
 この実験では、ゾウリムシの外液無機イオン受容系の性質を明らかにする目的でゾウリムシの行動反応を解析した。

材料・方法
 ゾウリムシ(Paramecium caudatum)は麦藁の浸出液によって培養した。実験には標準溶液(1mM KCl, 1mM CaCl2,1mM Tris-HCl, pH 7.4)中に90分以上順応させたゾウリムシを使用した。

結果
 (1)外液無機イオンに対するゾウリムシの行動反応
 はじめに様々な無機イオンを含んだ刺激液に対するゾウリムシの行動反応を調べた。Rb+を加えた溶液中では、ゾウリムシは一過性の持続時間の長い後退遊泳行動を示した。この行動はK+に対する反応と良く似ていた。ゾウリムシをNa+を含む刺激液に入れると、はじめに持続性の後退遊泳が生じ、その後、前進遊泳と不規則な後退遊泳の繰り返しが生じた。Li+をあたえた時のゾウリムシの行動反応は、Na+に対する反応と同様であった。Ba2+を含む溶液中では、ゾウリムシは顕著な後退遊泳と前進遊泳の繰り返しを行った。
 (2)ゾウリムシの行動反応に対するK+とCa2+の効果
 これまでにイオン刺激によるゾウリムシの後退遊泳はK+とCa2+が細胞表面の結合部域を競合することにより生じるとする説が報告されている。すなわち、ゾウリムシが[K+]/[Ca2+](Ja値)が高い溶液に移されると、膜表面からCa2+が遊離し、それが原因となりゾウリムシは後退遊泳を行うとするものである。この説を検証するために、Ca2+とK+の濃度をかえて、ゾウリムシの行動反応に対する両者の相互作用について調べた。
 Ca2+濃度を一定に保ちK+濃度を増すとゾウリムシは一過性の持続時間の長い後退遊泳を行った。Ca2+濃度を固定した条件でK+濃度を増したときのゾウリムシの後退遊泳の持続時間はK濃度に比例して増加した。同様の実験を、さまざまなCa2+濃度で行うと、いずれの場合も、後退遊泳時間はK+濃度に比例して増加したが、K+濃度依存性はCa2+濃度が高い方が大きかった。
 次に、K+濃度を一定にして、Ca2+濃度変化に対するゾウリムシの行動を調べた。K+濃度が1mMの条件ではCa2+濃度を変えてもゾウリムシは後退遊泳を示さなかった。K+濃度を4mMと8mMにすると、ゾウリムシはCa2+濃度が低い場合に後退遊泳を行った。ゾウリムシの後退遊泳持続時間は外液中のCa2+濃度が低いほどが長くなったが、反応の持続時間のCa2+濃度依存性は直線的ではなく、[Ca2+]に反比例すると考えるとよく説明される特徴を示した。
 ゾウリムシの後退遊泳がJa値の増大により生じるのか、或いは、K+濃度の増加により生じるのかを調べるために、Ja値の大きい刺激液をK+或いはCa2+一方のみを変化させて作成し、ゾウリムシの反応を比較した。今回調べた実験条件では、ゾウリムシはK+のみを増加させた時だけに後退遊泳を示し、同じJa値の溶液をCa2+を減少させて調整した時は後退遊泳を示さなかった。

考察
 Na+、K+、Ba2+に対する行動反応はこれまでに詳細に記載されており、今回の実験でも確認された。これらを含めた、1価、2価陽イオンに対するゾウリムシの行動反応をまとめると、おおまかに3種類に区別された。一つは一過性の持続的後退遊泳が生じるRb+、K+に対する反応である。これに対し、Ba2+に対する反応は前進と後退が交互に生じる反応であり、これは、長時間継続した。Li+,Na+に対する反応は両者の特徴をあわせ持った、中間的な反応ととらえることができる。Rb+に対するゾウリムシの反応がK+受容系を介したものかどうか、また、Li+に対する反応がNa+受容系を介したものかどうかは今後の検討課題である。
 今回の実験で、刺激液のK+濃度を高くするとゾウリムシが後退遊泳することが確認された。また、K+濃度一定、或いは、Ca2+濃度一定条件で得た反応のイオン濃度依存性は、Ja値により後退遊泳の持続時間が決定されていると考えると良く説明される。一方で、標準溶液中のCa2+濃度を減らした場合、Ja値が大きくなる条件でもゾウリムシは後退遊泳を行わなかった。実際に、他の条件でも、K+濃度を増加させずにJa値を増加させた溶液中では、ゾウリムシは後退遊泳を示さなかった。この事実は、ゾウリムシの後退遊泳が、Ja値の増加により生じているのではなく、K+濃度の増加により生じている可能性を示唆するものである。Ja値は反応そのものを誘起しているというよりは、K+受容系の感度或いはK+濃度依存性を決めていると考えると、これまでの報告にあるJa値と後退遊泳の関係を矛盾なく理解することができる。今後、ゾウリムシのイオン受容系の解明に向けて、さらに詳しい検討が必要である。



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