つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100777
クラミドモナスのイオンチャネル遺伝子の探索
中山 義敬 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教員:吉村 建二郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)
【目的と背景】
感覚はイオンチャネルが開閉することによって生じる膜電位の変化が電気信号となって生じる。
現在、視覚、嗅覚、味覚といった感覚についてはその分子メカニズムが解明されつつある。
これに比べて触覚や痛覚といった機械刺激に対する感覚の研究はあまり進んでいない。
そこで今回、モデル単細胞真核生物のクラミドモナスを用いて機械刺激受容機構の解明を試みる。
クラミドモナスは2本の鞭毛を前に平泳ぎのように使って遊泳している。
しかし、障害物に当たると鞭毛逆転を起こして方向転換することが知られている。
鞭毛逆転時には細胞内にCa2+の流入が起きていることが報告されている。
また、クラミドモナスの鞭毛に陰圧を与えるとスパイク状の大きな電流応答が記録される。
以上のことからクラミドモナスの鞭毛には機械刺激を受容するイオンチャネルがあることが推測される。
この機械刺激受容チャネルを同定するために今までは単細胞真核生物において鞭毛逆転を起こさない突然変異体を使った実験が行われてきた。
しかし、未だに鞭毛にあると推測される機械刺激受容チャネルは同定出来ていない。
最近、クラミドモナスのゲノムプロジェクトが進み、ゲノムドラフト配列が公開された。
これによってゲノムからのアプローチが可能になったので相同性検索によってイオンチャネル遺伝子を探索し、鞭毛で発現している機械刺激受容チャネル遺伝子の単離、同定を目指す。
【方法】
NCBIに登録されている機械刺激受容チャネルの候補(Ca2+チャネル、TRPチャネル、TPCチャネル, polycystin, 原核生物で報告されている機械刺激受容チャネルなど約3000個)のアミノ酸配列をダウンロードしてこれとすでに公開されているクラミドモナスのゲノムドラフト配列とでBlastによる相同性検索を行った。
得られたホモログから相同性の高いものをいくつか選び、膜タンパクであること、イオンチャネルのモチーフを持っていることなどの条件でさらに候補を絞り込んだ。
相同性検索によって得られたイオンチャネル遺伝子の候補が、実際にクラミドモナスで発現しているかを調べるために野生型のクラミドモナスのmRNAを抽出し、よく保存された領域が増幅されるようにプライマーを設計しRT-PCRによって発現を確認した。
発現しているイオンチャネル遺伝子の候補の中から機械刺激受容チャネルとして最も有力な候補を1つ選び、5'RACE, 3'RACE法で遺伝子の全長の塩基配列を決めた。
そして実際に得られたクラミドモナスのイオンチャネル遺伝子候補と大腸菌で報告されている機械刺激受容チャネルとでローカルアラインメントを行い、相同性を確認した。
【結果と考察】
相同性検索によって機械刺激受容を担うイオンチャネル遺伝子の候補がクラミドモナスのゲノムドラフト配列中から多数見つかった。
RT-PCRの結果を下図に示す。
ホモログの種類 |
RT-PCRを行ったクラミドモナスゲノム中のホモログの数 |
ESTに登録されていたものの数 |
膜貫通部位数の範囲(SOSUIでの予測) |
RT-PCRで実際に発現していることが確認できたものの数 |
Ca2+チャネル |
11個 |
2個 |
2〜22回 |
3個 |
TRPチャネル |
2個 |
2個 |
4〜9回 |
2個 |
原核生物の機械刺激受容チャネル |
4個 |
0個 |
2〜5回 |
3個 |
真核生物の機械刺激受容チャネルは原核生物のものとは全く構造が異なるものであると認識されている。しかし、今回、真核生物であるクラミドモナスのゲノム中で原核生物で報告されている機械刺激受容チャネルのホモログが発見された。これは非常に興味深い発見であったので発現の確認がとれたホモログの中から原核生物で報告されている機械刺激受容チャネルと一番よく似た遺伝子の全長を決めた。ローカルアラインメントの結果、この遺伝子産物と原核生物で報告されている機械刺激受容チャネル間の特に良く似た121残基間でIDENTITIES: 30.58% (37/121) SIMILARITIES: 51.24% (62/121)という相同性を持っていることが分かった。
【今後の展開】
全長を決めた機械刺激受容を担うイオンチャネルの候補はあくまで相同性検索によって得られた類似物である。従って本当に機械刺激受容に関わっているイオンチャネル遺伝子であるかを調べるために適当な発現系を用いてこの遺伝子産物の機能を解析する。
©2005 筑波大学生物学類
|