つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4:
TJB200501200100780
Emiliania huxleyiにおけるC2代謝経路の解析
氏 名 楡井 直美(筑波大学 生物学類 4年) 指導教員:
氏 名 白岩 善博(筑波大学大学院 生命環境科学研究科)
背景・目的
光合成炭素固定反応を行う酵素であるRibulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(Rubisco)は、CO2だけでなく、オキシゲナーゼ活性によりCO2と競合的にO2も固定する。
このオキシゲナーゼ活性に由来する産物はC2化合物であるグリコール酸であり、そのグリコール酸の生成を含む代謝過程をグリコール酸(C2)代謝経路という。
緑色植物型C2代謝経路では、グリコール酸を代謝し、再びその産物をカルビン・ベンソン回路(C3回路)に戻すことによって、2分子のグリコール酸からその3/4の炭素を回収する。
緑色植物では、Rubiscoの周囲のCO2濃度を局所的に上昇させ、オキシゲナーゼ活性を抑制するシステム(CCM)を有しており、環境条件の変化に応じてグリコール酸の生成と代謝を調節する仕組みが発達している。
Emiliania huxleyiはハプト植物門に属する海洋性微細藻類の一種である。
また、海洋において大規模なブルームを形成し、大量の炭素を固定するため、地球上の炭素循環に与えるインパクトが大きい。本研究室の先行研究において、E. huxleyiに対して、緑色植物型グリコール酸代謝経路の阻害剤であるアミノオキシ酢酸(AOA)を加えて代謝を抑えても、グリコール酸の蓄積や細胞外への放出を確認できなかった。
このことから、E. huxleyiは緑色植物型のものとは異なるC2代謝経路をもつと推測されたが、詳細については未だ明らかにされていない。
そこで、本研究はE. huxleyiにおけるC2代謝経路が存在するか否かを明らかにすることを目的とした。
方法
(1)酸素濃度変化に伴う14C-代謝産物の解析
E. huxleyiにNaH14CO3を基質として添加後、1分間大気条件(20% O2)で培養することで、Rubiscoの基質であるRuBPおよび他のC3回路の中間産物を14Cでラベルした。
その後通気条件を、オキシゲナーゼ活性が促進される100% O2条件とその反応を抑制する100% N2条件に移行させた。
各条件で一定時間細胞を培養した後、フィルターで細胞を回収することで反応を停止させた。
その後細胞内低分子化合物を80% メタノールで抽出し、可溶性画分を薄層クロマトグラフィーで分離し、BASにより放射活性を検出した。
また、物質の同定は化学的発色およびRf値で行った。
(2)14C-グリコール酸を基質としたトレーサー実験
E. huxleyiの培地中に14C-グリコール酸を添加し、大気条件で一定時間培養した後に反応を停止し、(1)と同様に反応生成物を抽出、分離、同定した。
結果と考察
(1)酸素濃度変化に伴う14C-代謝産物の解析
100% N2、および100% O2通気条件における14C-生成物を比較すると、100% N2条件下では、リン酸化合物(未同定)、アスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、セリン、グリシン、アラニンが主にラベルされた。
一方、100% O2条件では、同様の化合物の他にグリコール酸も検出され、さらにグルタミン酸、グルタミンおよびセリン/グリシン量が増加した。
(2)14C-グリコール酸を基質としたトレーサー実験
E. huxleyiに14C-グリコール酸を基質として与えたところ、
1、2、5分後では14C-グリコール酸は検出されたが、その代謝産物は検出されなかった。
しかし、10分後では、14C-グルタミン酸と14C-グルタミンが検出された。
以上の結果から、E. huxleyiは、グリコール酸をグリシンとセリンではなく、グルタミン酸とグルタミンへ代謝していることが明らかになった。
緑色植物では、グリコール酸はグリシン、セリンに代謝され、グルタミン酸やグルタミンへ代謝されることはない。
従って、E. huxleyiが、緑色植物とは異なるC2代謝経路を有することが、より確実に、代謝産物のレベルで明らかになった。
今後、その代謝経路の詳細を明らかにする必要がある。

Fig. 1 14C-NaHCO3を基質とした場合の光合成産物の薄層クロマトグラフィーによる分析
100% O2通気条件(2分)

Fig. 2 14C-グリコール酸を基質とした場合の代謝産物の薄層クロマトグラフィーによる分析
A 5分間反応
B 10分間反応
©2005 筑波大学生物学類
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