つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100781

白血病にみられる染色体転座の分子機構

 沼田 和志(筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 永田 恭介 (筑波大学・大学院人間総合科学研究科)

<背景と目的>
 悪性腫瘍発生の原因は、癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子の点変異や欠失である。造血器の腫瘍である白血病も他の組織の癌と同様に遺伝子変異によって発症するが、白血病で特に多く観察される変異は染色体転座である。染色体転座では、2つの染色体のある部位間での組換えが起きている。その結果、正常な細胞では発現していない融合遺伝子が生じる場合と、あるいは一方の遺伝子のプロモーター/エンハンサーの支配下に他方の遺伝子が配置されることでその遺伝子発現が亢進する場合がある。前者の場合には、融合遺伝子産物の発現により、後者の場合には原癌遺伝子産物の過剰発現により白血病が発症すると考えられている。現在までに白血病患者より数多くの染色体転座が同定され、転座領域の塩基配列も明らかにされつつある。その結果、白血病の遺伝子診断は大きく飛躍したが、一方、染色体転座自体の発生機構の詳細については不明な点が多く残されている。染色体転座の分子機構を解明することは、染色体転座によって生じる白血病全体の根本的な発症機構の解明と新たな治療法開発につながると考え、染色体転座の分子機構解明を本研究の目的とした。

<材料と方法>
 一部の染色体転座の生成にはV(D)J recombination機構が関与していると考えられている。V(D)J recombinationとは免疫グロブリンとT細胞レセプターの遺伝子領域で生じる体細胞組換えのことで、recombination activating gene(RAG)1およびRAG2が、この領域に存在するrecombination signal sequences(RSS)に結合し、切断することで開始される。しかし、RAGは特定の分化段階のリンパ球でのみ発現しており、すべての染色体転座の生成にV(D)J recombinationが関与している可能性は低い。そこで私は実験系が確立しているV(D)J recombination機構を染色体転座発生の分子機構を探る一つのモデルに据えて、試験管内再構成系および細胞を用いて、V(D)J recombinationおよびその他の機構による染色体転座を再現できる実験系の構築と発生機構の解析を試みた。

 ・細胞を用いた実験系
 白血病で比較的発症頻度の高い染色体転座として知られているTEL-AML1、E2A-PBX1、SET-CAN、DEK-CAN、MLL-AF9の切断付近の配列およびRSSを用いて実験を行った。それぞれTEL-AML1、E2A-PBX1は急性リンパ性白血病(ALL)、DEK-CAN、MLL-AF9は骨髄性白血病(AML)、SET-CANは未分化型白血病(AUL)に属する。組換えを検定するために、様々な分化段階の血球細胞株および腎由来の293T細胞を用いた。組換え頻度を測定する配列を挿入したプラスミドを細胞にトランスフェクションし、48時間後に細胞を回収してDNAを抽出・精製した。得られたDNAを大腸菌にトランスフォーメーションし、アンピシリンあるいはテトラサイクリンを含むプレートで培養した。用いたプラスミドは、アンピシリン耐性遺伝子を有しているが、目的の配列内で組換えが生じた場合は、さらにテトラサイクリンに対する耐性能を獲得する。それぞれのプレートで得られたコロニーの数から目的の配列の組換え頻度を算出した。さらに、テトラサイクリンを含むプレートで得られたコロニーからプラスミドを回収し、組換えが起きた配列の決定を行った。

 ・試験管内再構成系
 細胞を用いた実験系でRAG依存的に組換えが生じた配列については、RAG1、RAG2、HMG1、HMG2を用いたgel shift assay及びcleavage assayで分子機構の解析を進めることにした。
 RAG1、RAG2HMG1、HMG2は、プレB細胞株であるReh細胞の全RNAよりRT-PCRによってクローニングし、得られたcDNAをGST、MBP、もしくはHisタグ付きの大腸菌発現ベクターに組込み、大腸菌で発現・精製した。さらに、RAG1とRAG2は、HAもしくはFLAGタグ付きの細胞発現ベクターに組み込み、293T細胞内で一過的に発現させ、抗HA抗体および抗FLAG抗体を用いた免疫沈降により精製した。Gel shift assayでは、[gamma-32P]ATPでラベルしたDNAを基質として用い、MBP-RAG1を加え、native PAGEに展開して、バンドシフトを観察した。Cleavage assayでは、大腸菌および293T細胞から精製したRAG1とRAG2と[gamma-32P]ATPでラベルしたDNAを試験管内反応溶液中で混合し、Urea-PAGEに展開して、切断されたDNAの泳動度の違いによって切断活性の有無を検討した。

<結果と考察>
 293T細胞でRAG1とRAG2を一過的に発現させ、RSSを含んだプラスミドの組換え頻度を測定したところ、RAG1とRAG2に依存して組換えが生じていた。テトラサイクリン耐性の大腸菌コロニーからプラスミドDNAを回収し、配列を決定したところ、すべて既報と同一の箇所で特異的に組換えが生じていた。RAG1の量を固定してRAG2の量を変化させたところ、発現量に依存して組換えの頻度が増加した。以上の結果から、構築した実験系が機能的であることが証明された。また、実際の白血病患者の転座領域における組換え頻度を測定するため、TEL、AML1、E2A、PBX1、SET、CAN、DEK、CAN、MLL、AF9遺伝子座で転座がみられる領域約1 kbpのDNAをHeLaゲノムよりgenomic PCRによってクローニングした。現在、得られた配列の様々な細胞における組換え頻度の測定を行っている。
 GST-RAG1とGST-RAG2およびMBP-RAG1とMBP-RAG2を大腸菌で発現させ、SDS-PAGEに展開後、CBB染色をし、回収効率を比較したところ、MBP-RAG1とMBP-RAG2が効率よく精製された。また、HA-RAG1とHA-RAG2およびFLAG-RAG1とFLAG-RAG2については、免疫沈降後、銀染色およびウエスタンブロットによって目的タンパク質の回収度を比較したところ、FLAG-RAG1とFLAG-RAG2のほうが効率よく回収された。そこでMBP-RAG1、MBP-RAG2とFLAG-RAG1、FLAG-RAG2を大量に調整して以下の実験を進めた。RAG1はRSSへの結合活性を有する。精製したMBP-RAG1、His-HMG1、His-HMG2とRSSを用いてgel shift assayを行ったところ、MBP-RAG1は量依存的にRSSに結合することが示された。RAG2はRAG1と共役して一本鎖DNAを切断する。精製したMBP-RAG2およびFLAG-RAG2がRAG1と協調的なRSSの切断活性を有するかを検討するため、現在、RAG1とRAG2を用いたDNA cleavage assayを進めているところである。今後は、活性の確認できた組換えタンパク質を用いて、さらに、TEL、AML1、E2A、PBX1、SET、CAN、DEK、CAN、MLL、AF9の転座領域においても、gel shift assayとcleavage assayを行う予定である。

 


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