つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100782

枯草菌におけるストレス誘導型非翻訳型RNAの機能解析

野口 桂子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中村 幸治 (筑波大学 生命環境科学研究科)


(目的)
 タンパク質をコードしないがRNAとして機能する非翻訳型RNA(non-coding RNA)が、転写や翻訳レベルで、遺伝子発現制御に関与していることが明らかになっている。ヒトではタンパク質をコードする遺伝子領域は全ゲノムの1.5%ほどであり、RNAに転写されるゲノム情報の約98%は非翻訳型RNAと言われている。また、非翻訳型RNAはヒトにおいて最も多いと見積もられており、生物種の複雑さとの関係が示唆されている。
 グラム陽性菌である枯草菌は、大腸菌のようにヒトなどの腸に寄生せず、野外でも独立して生存することができる。 対数増殖期・定常期で安定に存在する非翻訳型RNAについて、真正細菌や真核生物において解析が進められている。一方、外部環境に応じた遺伝子発現制御に関与しているものが多く報告されており、ストレス条件下での遺伝子発現制御に重要な機能を持つことが示唆されている。大腸菌では、これまで55種類以上の非翻訳型RNAが同定されており、ストレス誘導型の非翻訳型RNAも多く報告されている。一方、大腸菌と同じ真正細菌であり、全ゲノムDNAに占める非翻訳領域の割合もほぼ同じである枯草菌では、非翻訳型RNAは12種類しか同定されておらず、ストレス誘導型の非翻訳型RNAにおいては見つかっていない。本研究では、枯草菌におけるストレス誘導型非翻訳RNAの解析を目的とした。

(方法)
 枯草菌を用いてDifferential Display法により、ストレス条件下で特異的な発現をする低分子RNAを同定し、その機能を解析する。
 原核生物である枯草菌のmRNAの3'末端はpoly A 付加されてない。そこで、ストレス条件下で3h培養した枯草菌から抽出したtotal RNAをpoly A polymeraseによりpoly Aを付加し、逆転写酵素を用いてcDNAを作製する。このcDNAと非ストレス条件下で培養し抽出したRNAをハイブリダイズさせる。この時、対合しないcDNAがストレス条件下で特異的な発現をしている低分子RNAと考えられる。このcDNAの配列から低分子RNAを同定する。

(結果と考察)
 37℃、3h培養した枯草菌野生株から抽出したtotal RNAを用いてPoly A polymeraseを反応させた時、RNAの3'側へのpoly A tailが最もよくつく条件を、32Pでラベルした[α−32P]ATPを用いて検討した。この時、RNAは8.4μg使用し、poly A polymerase活性測定用反応液はTakaraのプロトコルに沿って調製した。
 酵素反応時間を0〜120分まで時間を変えて解析したところ、60分までは反応時間に比例してpoly Aが付加されるのが観察されたが、60分以降ではpoly A付加の様子は60分の反応時間のものと変わらなかった。また、ATP濃度を1mMと10mMに変えた時、10mMで反応させたpoly A 付加反応の方が短時間ではっきりとバンドが見えることがわかり、これらの条件検討から酵素反応時間を37℃で60分、10mMのATP濃度がpoly A付加反応において最適であることがわかった。
 次に、in vitro合成したBS190 RNAにpoly A polymeraseを反応させ、付加されるpoly A tailの長さを調べた。しかし、poly A polymerase反応させた時、BS190 RNAのバンドは検出できなかった。これはBS190 RNAが安定した2次構造をつくっているため3'側にpoly Aが付加されにくいことが原因と考えられる。
  BS190 RNAでpoly A付加反応が見られなかったため、次に同じような低分子サイズである、total RNAから100-200bpの領域を切り出して精製したものにpoly Aを付加させ、反応を観察した。この結果、野生株から抽出したtotal RNAにpoly A付加させた時と、同じ条件である37℃60分の酵素反応時間と10mMのATP濃度で十分な長さのpoly Aが付加されたことが確認できた。
 
 今後は、poly A付加をおこなったRNAから逆転写酵素を用いてcDNA合成を行い、酸や熱などのストレス条件下で特異的に発現する低分子RNAをDifferential Display法を用いて同定し、解析を進める予定である。


©2005 筑波大学生物学類