つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100785

穿孔性二枚貝 ニオガイ亜目 (Mollusca, Bivalvia, Pholadacea) の分子系統解析

芳賀 拓真 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 杉田 博昭 (筑波大学 生命環境科学研究科)

キーワード: 穿孔性二枚貝,DNA塩基配列,分子系統,木材,進化

Fig. 1. フナクイムシ科とキクイガイ科の中間形質をもつ種類.

軟体動物 二枚貝綱 オオノガイ目のニオガイ亜目 (Pholadacea) は,ニオガイ科,キクイガイ科,そしてフナクイムシ科の3科で構成される。ニオガイ亜目は汎世界的に淡水域から深海まで分布し,自身の殻を用いて物理的に孔を穿つ機械的穿孔を行い,岩・サンゴ・木・泥などの基質中に棲息している。ジュラ紀以降に多くの化石種が報告され,現生種も約200種近くが報告されており,化石・現生種ともに高い多様性を示す。ニオガイ亜目を対象として機能形態や古生物学的な研究は多くなされてきたが,系統進化について総合的に議論した研究は殆どないのが現状であり,客観的な進化仮説は提唱されていない。穿孔生活に広く適応したがゆえに,形態的にはなはだしく多様化したニオガイ亜目がどのような進化をとげてきたのかは未だ理解されていないままである。

本研究では,ニオガイ亜目の現生種を可能な限り多く集め,分子進化学的手法を用いて系統樹を構築し,どのように適応放散してきたのかを推定することを目的とする。

ニオガイ亜目のなかでも熱帯域の深海の沈木には,フナクイムシ科とキクイガイ科の中間形質をもつ種類が棲息していることが近年,明らかになってきた (Fig. 1)。それらのタクサは系統的に極めて重要な位置を占めると予想される。解析は現在もなお進行中であり,これら未記載のタクサも含めて,最新の研究成果を紹介する。

<材料と方法>

タクソンサンプリング

日本国内及び海外から採集された標本は,煮沸の後に 99% エタノールで固定した。解析に用いた標本は全て HPC (Haga personal collection) に登録され,演者の自宅に保管されている。

DNAの抽出と配列解析

標本の筋組織より抽出したDNAを鋳型として,PCR法で核の遺伝子1種 (18S rRNA) とミトコンドリアの遺伝子2種 (CO1: cytochrome oxydase subunit 1と16S rRNA) を増幅した。ターゲット領域の増幅が充分ではない場合は 2nd PCR を行い,ターゲット領域以外が増幅されてしまう場合には nested PCR やゲル切り出しなどを行った。その後,ダイレクトシーケンス法によってPCR産物の配列を解読した。

系統解析

得られたDNAの塩基配列は Clustal X (Thompson et al., 1997) でアライメントし,RNAの二次構造を参照して MacClade (Maddison & Maddison, 1992) を用いて補正した。最節約法・近隣結合法・最尤法によるアライメントデータの解析は PAUP* (Swofford, 1993) を用いた。ベイズ法については MrBayes (Mau & Newton, 1997; Mau et al., 1999; Rannala & Yang, 1996) を用いて解析し,系統樹を構築した。また,アウトグループの塩基配列はデータベースより入手した。

<結果・考察>

解析の完了したニオガイ亜目20種類の塩基配列長は,18S rRNA が 1,797〜1,824 bp,CO1 が 660〜666 bp,そして 16S rRNA が 472〜508 bpであった。

得られた系統樹からは,クレイド間の基部の分岐に曖昧さが残るが,おおむね以下のことが推察される。

  1. ニオガイ亜目は,同じオオノガイ目のオオノガイ科もしくはシコロクチベニ科の祖先から分岐した.
  2. 深海の沈木中に棲息するキクイガイ科 (sensu stricto) は,幼形進化によって分岐した.
  3. 岩,木,泥への進出は複数回,独立に起きた.例えば,泥底で埋没生活するウミタケの生活様式は一般的な二枚貝の様式と同じであり,先祖がえりをするように二次的に泥底に進出したと考えられる.
  4. 木材穿孔が祖先的形質である可能性が高い.これは先行する個体発生の研究結果および化石記録と整合的である.
  5. 現行の分類体系が反映されず,見直しが必要である.

<今後の展望>

ニオガイ亜目の最古の化石はジュラ紀の木材穿孔種であるとされる (Kelly, 1988 など)。木材穿孔が祖先的形質であるとするならば,ジュラ紀〜白亜紀から繁栄した被子植物の大森林より流出する木片を足掛かりに,ニオガイ亜目の種は穿孔能を獲得し,急速に進化したというシナリオが示唆され得る。解析はまだ充分ではないため,タクサを増やし,より詳細な進化史を推定するべく研究を進める予定である。


©2005 筑波大学生物学類