つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100786

幼若ホルモンがヨツモンマメゾウムシの体色に及ぼす影響

橋爪 卓郎 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 徳永 幸彦 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景
 昆虫の飛翔多型は、直翅目、半翅目、鞘翅目などを中心とした多くの目で確認されている一般的な現象である。 普段は飛行行動があまり見られない(有翅)昆虫の集団の中からよく飛ぶ個体が出現し、集団から飛び出していくというものである。 その生理的な原因はいくつかに分けられるが、起こる結果は飛行能力の大幅な上昇で、飛ぶ個体と飛ばない個体は飛行能力に著しい違いが認められる。 その一種であるヨツモンマメゾウムシは、環境条件によって変わる2つの飛翔多型を有している。 それらは、「飛ぶ型」(flight formやactive formなどと呼ばれる)と「飛ばない型」(normal formと呼ばれる)と名づけられている。 この飛翔多型という現象は、どのような生理的メカニズムによって引き起こされるのだろうか。
 飛ぶ型は成虫的であり飛ばない型は幼虫的であるとの認識から、飛翔多型には成長に関わるホルモンである幼若ホルモンが関わっているという「幼若ホルモン仮説」は30年以上も昔から提唱されつづけてきた。 実際に、直翅目を主とした多くの研究で、幼若ホルモンの投与量が多いと卵形成が促進され、少ないと移動型が出やすいという結果が出ている。 しかし、飛翔多型の生理的メカニズムの研究はその多くが直翅目や半翅目で行われており、飛翔多型を有する種が多く存在する鞘翅目ではほとんど研究がなされていない。 特に、飛翔多型が比較的早くから研究され、そのライフサイクルがよく知られている鞘翅目のヨツモンマメゾウムシCallosobruchus maculatusにおいて、ホルモンを用いた投与実験は全く行われていない。 そこで私はヨツモンマメゾウムシを用いて幼若ホルモンの注入実験を行った。

材料と方法
 系統はヨツモンマメゾウムシCallosobruchus maculatusの日本系統の黒化型個体を、寄主は緑豆Vigna radiataを用いた。 まず集団で交配をさせた後1卵だけ産卵されている豆を選別し、そのまま15日間放置した。 幼虫が15日齢になったときに豆を割り、幼虫を取り出した。 その後コーン油に溶かした幼若ホルモンをマイクロピペットにて注射し、再びそのまま10日間放置した。 25日齢になるとほぼ全ての個体が羽化しているので、体色を観察することができるようになる。 このときに成虫の背側を対象にデジタルカメラで顕微鏡写真を撮影し、鞘翅の色を描画ソフトcanvasにて分析した。

結果
 control群の体色がほぼ全ての個体で黒なのに対し、幼若ホルモンを投与した一群では体色が明るい茶色の個体が約28%(18/64)出現した。

考察
 本実験によって幼若ホルモンは少なくとも体色を変化させる作用があることがわかった。 体色の変化はヨツモンマメゾウムシにおける飛翔多型においても観察されるので、幼若ホルモンは型の変化の一要因であることが示唆される。 しかし、投与の方法が不完全なためか、注射した個体が歩行等の正常な行動ができないので、今回は行動の観察はできないままであった。 体色のみならず行動の比較も行って始めて幼若ホルモンの役割について正確に言及できると言えるので、今後は注射という方法も含めて様々な投与方法を模索し、行動の観察が可能な方法を発見することを課題としたい。


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