つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100792

サイコクカマアシムシ Baculentulus densus (Imadaté) の発生学的研究(六脚綱・カマアシムシ目)−胚発生の概略−

福井 眞生子 (筑波大学 生物学類 4 年)  指導教員: 町田 龍一郎 (筑波大学 生命環境科学研究科) 


[背景・目的]
 全動物種の 75 % 以上を占める六脚類 (昆虫綱+内顎類) の起源・系統進化に関しては、分子系統学的手法を含めた多くの研究が試みられてきたが、いまだに議論は定まっていない。六脚類の起源、高次系統を考察するにおいては、多くの祖先的形質を備える内顎類に関する知見は不可欠である。
 内顎類は内顎口をもつという特徴によってまとめられた分類群で、カマアシムシ目・トビムシ目・コムシ目の 3 目よりなる。本研究の材料であるカマアシムシ目は体長 1 mm 前後の触角を欠く微小な土壌昆虫で (鎌状に前上方に掲げる前肢を触角の代用とするのでカマアシムシと名づけられている)、腹脚、増節変態、節状尾節など、節足動物の祖先的な形質を備えていることから、内顎類のなかでも六脚類の祖先型に最も近い原始的なグループと考えられてきた。したがって、カマアシムシ目は六脚類の起源、基本的体制を議論する上で非常に重要な分類群である。このような系統学的議論において、比較発生学的アプローチは最も有効な手段の一つである。しかし、カマアシムシ目の発生学的知見は、その飼育の困難さから、Machida and Takahashi (2003) の断片的な報告があるのみである。
 このような背景から、カマアシムシ目の胚発生を詳細に観察し、他の系統群との比較を行うことによって、六脚類の基本的体制および六脚類の起源・高次系統の再構築を行うことを目指して発生学的研究を開始した。本研究ではその第一段階として、胚発生過程の概略を記載する。

[材料と方法]
 クシカマアシムシ科のサイコクカマアシムシBaculentulus densus (Imadaté, 1960) を材料に発生学的研究を行った。採集は、長野県真田町の信綱寺にて行い、採取したリターからツルグレンファンネルによってカマアシムシを抽出した。 採集したカマアシムシは、素焼きの鉢、煉瓦などを加工し作成した容器 (Machida and Takahashi, 2004) で飼育し、恒温器にて約 20 ℃ の状態を保った。飼育下で得られた卵は FAA 固定の後、DAPI で染色し、蛍光実体顕微鏡により観察を行った。 また、メタクリル系樹脂切片法にて薄切し、ヘマトキシリン・エオシン二重染色を施した後、組織学的観察を行った。

[結果・考察]
 約 10,000 個体を採集・飼育し約 250 卵を得て観察を行った結果、サイコクカマアシムシの胚発生の概略を追うことができた。
 サイコクカマアシムシ胚は、卵割、胚盤葉形成ののち、長胚型胚帯として分化し、胚運動の後、内顎口形成・背閉鎖を完了させ孵化に至る。 一連の胚発生過程では、全割型の卵割、胚盤葉期に卵中央に位置する一次卵黄細胞卵割球(内胚葉原基)、広大な胚帯、胚分化能を保持する漿膜、単純な姿勢転換である胚運動など、カマアシムシ目の発生学的特徴が明らかになった。また、すべての発生ステージを通じて、発達した一次背器は認められなかった。
 本研究によって、カマアシムシ目の発生は多くの祖先的形質によって特徴づけられることが解った。 また、他の内顎類であるトビムシ目、コムシ目とは、胚帯の形態、漿膜の胚分化能、一次背器などの点で、カマアシムシ目は大きく異なることが明らかになった。そこで、比較対象を節足動物の範囲に広げ検討したところ、カマアシムシ目の重要な発生学的特徴は多足類のエダヒゲムシ綱 (少脚綱) と共有するものであることが明らかになった。
 本格的な比較発生学的検討を行うには、より詳細な胚発生の観察が必要である。今後はエダヒゲムシ綱をはじめとした多足類、他の節足動物との比較も視野に入れ、発生学的研究を進めていきたい。



図:サイコクカマアシムシBaculentulus densus (Imadaté, 1960)

[引用文献]
Machida, R. and I. Takahashi (2003) Embryonic development of a proturan Baculentulus densus (Imadaté, 1960: Reference to some developmental stages (Hexapoda: Protura, Acerentomidae). Proc. Arthropod. Embryol. Soc. Jpn., 39: 13-17.

Machida, R. and I. Takahashi (2004) Rearing technique for proturans (Hexapoda: Protura). Pedobiologia, 48: 227-229.


©2005 筑波大学生物学類