つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100793

シンカイヒバリガイ類の系統と進化

藤田 祐子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:宮崎 淳一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

 <導入目的>
 シンカイヒバリガイ類はイガイ科シンカイヒバリガイ亜科Bathymodiolus属に分類される二枚貝類で、水深500〜4,000mの熱水噴出孔や冷水湧出帯に生息している。このような環境には硫化水素やメタンが豊富に存在しているため、これを利用して一次生産を行う化学合成細菌が生息し、さらに化学合成細菌に依存する化学合成生物群集が形成される。シンカイヒバリガイ類は化学合成生物群集の優占種のひとつであり、鰓の上皮細胞内に共生するメタン酸化細菌や硫黄酸化細菌からエネルギーを得ることで特殊な環境下において生命を維持している。
 熱水噴出孔や冷水湧出帯は、海洋の地殻変動に関連して不連続に分布しており、比較的短い時間で生起しては消衰する。このような分散した生息場所のため種分化が促進されるように見えるが、遠縁の種が直線距離で500kmしか離れていない海域に生息する一方で、同種が海洋をまたいで分布し、単純に距離に相関して種分化が起こるわけではない。シンカイヒバリガイ類は、プランクトン生活をする幼生が分散することによってこのような環境で子孫を残していると考えられる。しかし、シンカイヒバリガイ類の幼生についての知見はほとんどなく、シンカイヒバリガイ類がどのように深海で分散、隔離、種分化していっているのかは明らかとなっていない。
 本研究では、深海生物の進化や適応、種分化の過程や要因を解明するひとつの足がかりとして、ミトコンドリアNADHデヒドロゲナーゼサブユニット4(ND4)遺伝子とシトクロームcオキシダーゼサブユニットI(COI)遺伝子の塩基配列を決定・比較することにより、シンカイヒガリガイ類の種内集団間および種間の遺伝的関係を明らかにすることを目的とした。また、シンカイヒバリガイ類の起源を探るため、腐敗によってメタンや硫化水素を発生させ、熱水/冷水に生息している生物群集の分散の一助となる可能性(ステッピングストーン仮説)がある鯨骨遺骸から採集されたヒラノマクラ、ホソヒラノマクラのCOI遺伝子とND4遺伝子についても解析を行った。

<材料と方法>
 サンプルとして、Bathymodiolus属(Mytilidae, Bathymodiolinae)記載種9種および未記載種(未同定種を含む)11種を用いた。また、アウトグループとしてAdipicola属(Mytilidae, Modiolinae)2種を用いた。 
 シンカイヒバリガイ類およびヒラノマクラ、ホソヒラノマクラの足の筋肉からDNAを抽出し、これを鋳型としてCOI遺伝子とND4遺伝子の一部を増幅し、塩基配列を決定した。決定した塩基配列に基づいて樹形図を作成した。

<結果と考察>
 ND4遺伝子とCOI遺伝子の分子系統解析の結果、シンカイヒバリガイ類は3つのグループに分かれることを示した。グループ1は、日本周辺海域に生息するシンカイヒバリガイ、クロシマシンカイヒバリガイ、テオノシンカイヒバリガイ、ヘイトウシンカイヒバリガイの4種、および複数の未記載種によって構成された。また、大西洋のB. childressiもこのグループに含まれた。グループ2は、日本周辺海域に生息するカヅキシンカイヒバリガイとマヌス海盆の未記載種で構成された。グループ3は、日本周辺海域からインド洋、大西洋、東太平洋と世界的に広く分布していて、シチヨウシンカイヒバリガイ、マリアナ背弧海盆の未記載種、インドシンカイヒバリガイ、B. puteoserpentis、 B. azoricus、 B. thermophilus、および東太平洋の未記載種で形成された。
 熱水噴出孔と冷水湧出帯の両方に生息するシンカイヒバリガイとヘイトウシンカイヒバリガイでは、決定された塩基配列の中にそれぞれの生息環境に特有の変異はみられなかった。つまり、熱水噴出孔のみ冷水湧出帯のみに生息可能な集団に別れているのではなく、それぞれの環境に生息する集団の間で遺伝的交流が行われていることを示唆した。
 シチヨウシンカイヒバリガイ、マリアナ産未記載種、B. brevior 、インドシンカイヒバリガイは非常に近縁であり、各々単系統群を形成しなかった。これらは、日本周辺海域・南太平洋・インド洋の間で現在もある程度遺伝的交流を行っているか、近い過去に種分化したと考えられる。
 形態的にプランクトン摂食性の幼生の段階があることが示唆されていることから、シンカイヒバリガイ類は高い分散能力を持つと考えられる。それぞれのグループを分ける要因は明らかになっておらず、地形、深度、海流などを考慮に入れる必要がある。深度による分断要因の一つとして、シンカイヒバリガイ類は3600m以深では生息できないことから海溝などが考えられる。
 鯨骨遺骸の調査では、熱水噴出孔や冷水湧出帯の固有種は確認できなかった。しかし、化学合成細菌を共生させているヒラノマクラ、ホソヒラノマクラが2003年と2004年の両調査で確認された。2004年の調査では鯨骨にヒラノマクラの幼生が付着していたこと、系統解析の結果2003年に採集したものと2004年に採集したものは遺伝的に近縁であったことから、両種は鯨骨付近で繁殖していると考えられる。また、2004年の調査でヒラノマクラと一見形態が異なる個体が多数確認されたが、系統解析の結果、それらはヒラノマクラである可能性が高いと考えられる。


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