つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100797

ウミホタルの心臓拍動機構に関する生理学的研究

松本 直子(生物学類 4年)  指導教員: 山岸 宏(筑波大学 生命環境科学研究科)

【はじめに】
 心臓は、自身の内部にあって歩調とりをするペースメーカーによって、他からの刺激作用なしに興奮活動を継続する自動興奮性を持つ。拍動を決定しているペースメーカーが心筋に存在する場合は筋原性心臓、心臓神経節細胞に存在する場合は神経原性心臓と呼ばれる。甲殻類は神経原性心臓を持つとされてきたが、近年のさまざまな研究から筋原性心臓を持つ甲殻類も報告され、甲殻類における心臓のペースメーカー機構の系統的な多様性が認識されるようになってきた。貝虫亜綱に属するウミホタルの心臓は、内在する単一ニューロンからなる心臓神経節がペースメーカー機能を有した神経原性であり、これは最もシンプルな神経原性心臓であることが示唆されている。そこで、ウミホタルの心臓の諸性質を確認し、その心臓拍動機構のより詳細な解析を目的として研究を行った。

【材料・方法】
 実験材料には節足動物門甲殻綱貝虫亜綱ウミホタル目のウミホタル(Vargula hilgendorfii)の成体(体長約3mm)を用いた。ウミホタルは千葉県館山市の海岸で日没後、トラップで採集した。トラップは蓋付きのガラスビンを用いて、蓋に数箇所直径約1cmの穴をあけた。豚レバーを入れたビンにひもをつけて海中に沈め、10〜20分後に引き上げることによってウミホタルを採集した。ウミホタルは、砂を敷いて人工海水を入れた発泡スチロール箱を用いて実験室内で飼育した。海水はポンプでエアレーションをした。月に1〜2回水を交換し、餌として市販のザリガニ向けの飼料やフナムシの肉片を与えた。この条件下で最低2ヶ月は生存した。実験には、雌雄、採集時期の区別をせずに体長約3mmの成体を使った。 約5mm四方に切ったパラフィルム上にウミホタルの片側の殻を接着剤でとめ、パラフィルムごと透明な合成樹脂を敷いた実験チャンバー内に固定した。チャンバー内に生理的塩類溶液を満たし、実体顕微鏡下で観察と解剖を行い、半摘出標本を作成した。固定したウミホタルの上側の殻を柄付き針で砕いた後、脚、目、食道等を切除した。そして下側の殻に心臓のみが付着した状態にした標本用いた。3MのKClを満たしたガラス管微小電極を心筋に刺入し、心筋の細胞内電位を導出した。導出した信号は増幅器を介してオシロスコープに表示した。記録は増幅器にペンレコーダーを接続して紙に印字する方法と、データレコーダーを接続して磁気テープに保存する方法を用いた。磁気テープに保存した記録は、デジタル化し、パーソナルコンピュータに取り込み、データの解析を行った。実験中はチャンバー内の生理的塩類溶液を常時灌流し、標本の鮮度を保った。

【結果・考察】
 図1-4はウミホタルの心筋の細胞膜電位を記録したものである。心筋の静止電位は約56〜75mVであった。周期的に生じる活動電位にともなって心筋の収縮が起こった。ウミホタルの活動電位の頻度は不安定で、その瞬時頻度は約15〜160回/分であり、大きく変動していた(図1)。解剖前のウミホタルの観察においても心臓の拍動は不規則でその頻度は安定していなかった。心筋の活動電位はすばやく立ち上がるスパイク電位とそれに続いてゆっくりと下降するプラトー電位から成っていた(図2)。プラトー電位に複数のスパイク電位が生じることもあった。活動電位の振幅には変動が見られ、オーバーシュートすることもあった。静止電位から立ち上がる際に小さな電位が先行し、それに積み重なってスパイク電位が生じている場合もあった(図3)。また、活動電位には至らない小さな電位の発生が観察された(図4)。この小さな電位は、その波形や加重を示すことなどから、ペースメーカーである心臓ニューロンの軸索終末と心筋の接合部で生じるシナプス電位(神経筋接合部電位)であることが強く示唆された。
 

【今後の予定】
 甲殻類の神経伝達物質として、グルタミン酸が一般によく知られている。ウミホタルについてもグルタミン酸が候補として有力だと示唆されている。そこで、吸引電極等を用いて神経を刺激し、観察された神経筋接合部電位を実験的に発生させる方法を確立して、グルタミン酸投与時の神経筋接合部電位の変化を解析したい。そして、神経筋接合部の特性や神経伝達物質について明らかにしていきたい。


©2005 筑波大学生物学類