つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100800

レチノイン酸による神経分化に関わる遺伝子の解析

溝渕 篤史(筑波大学 生物学類 4年)   指導教員:杉山 文博 (筑波大学 大学院人間総合科学研究科)(基礎医学系)

(目的)
レチノイン酸は奇形誘導物質として知られており、その例として、仙骨奇形や外胚葉系組織の異常増殖、直腸肛門領域の奇形である鎖肛などが挙げられる。
当研究室では以前より、マウスをモデル動物としたレチノイン酸による鎖肛の誘導に関する研究が進められており、鎖肛発生に伴って尾芽において神経系組織が異常増殖することが確認され、これが鎖肛を引き起こす要因の一つであると示唆されている。
このことから、胎仔期の尾芽に存在する未分化な細胞がレチノイン酸によって神経外胚葉に誘導され、その結果神経系組織の異常増殖が発生すると仮説した。多能性細胞にレチノイン酸を投与した状態で培養することで、その現象をin vitroで再現でき、レチノイン酸による神経外胚葉分化誘導のメカニズムを解明するための有効なモデルを得ることができると考えた。
本実験では、マウス未分化細胞をレチノイン酸によって分化誘導させ、鎖肛に伴う異常性神経外胚葉分化のin vitroモデルとして利用し、RT-PCRやrepresentational difference analysis(RDA法)といった遺伝子解析を行い、レチノイン酸による神経分化誘導に関連する遺伝子を明らかにすることを目的とする。

(方法)
@細胞培養
サンプルとしてP19 mouse embryonic carcinoma cells(P19 EC cells)を使用する。P19 EC cellsは多能性胚性癌細胞であり、形態形成因子によって外胚葉系、中胚葉系、内胚葉系に分化誘導することができる。
P19 EC cells(1×105個)を、高濃度のレチノイン酸 (1μM) を含む培地で、非接着性プレートにおいて4日間浮遊培養する。その後レチノイン酸を含む培地を取り除き、培養形式を接着性プレートにおける接着培養に切り換えて、2日毎に形態観察を行い分化誘導の様子を観察する。
ART-PCR
2日毎に形態観察した細胞からtotal RNAを回収し、cDNAを合成する。これをもとに、レチノイン酸のレセプターであるRARs(α、β、γ)、RXRs(α、β、γ)についてRT-PCRで発現を確認する。レチノイン酸を投与せずに培養した細胞(control)についても同様の操作を行い、二者を比較することでレチノイン酸による神経分化におけるレセプター発現の推移を遺伝的に観察する。
BRDA法
レチノイン酸レセプターの下流で働く遺伝子などを解明するために、RDA法によりレチノイン酸特異的に発現量が変化する遺伝子を網羅的に解析して、レチノイン酸レセプターとの関連を調べる。
サンプルとして、レチノイン酸を含む培地で24時間浮遊培養させた細胞と、浮遊培養前の細胞を用い、それぞれをtester及びdriverとしてサブトラクションを行い、レチノイン酸によって発現量が促進される遺伝子と抑制される遺伝子の両者を検出する。

(結果)
P19 EC cellsの形態的な変化を観察したところ、レチノイン酸を投与した細胞では接着培養4日目において、軸索を伸ばし他の細胞と連結している様子が見られ、神経様細胞へと分化が誘導されていた。しかし、レチノイン酸を投与せずに培養した細胞では顕著な形態的変化が見られなかった。これらの結果からマウスEC cellはレチノイン酸特異的な反応により神経分化が誘導されることがわかる。
次に、レチノイン酸レセプターであるRARs、RXRsの発現をRT-PCRで調べた結果、レチノイン酸を投与した細胞においてRARβの発現量が増大し、逆にRXRγは抑制された。したがって、RARβやRXRγといったレチノイン酸特異的な反応を示すレセプターがその後の神経分化に関連していると考えられる。
レチノイン酸レセプターの下流で働く遺伝子を特定するために、現在RDAによりレチノイン酸特異的な活性を示す遺伝子を検索している。
今後の予定として、 RDA法により解析した遺伝子とレチノイン酸レセプターとの関連を調べ、レチノイン酸が神経分化誘導を行うまでのシグナル系を明らかにする。また、神経分化や異常増殖においてそれぞれのレチノイン酸レセプターが担う役割を解明する。


fig.1 RA+ 接着培養4日目
 


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