つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100803

老化に伴うミトコンドリア呼吸機能低下の原因解明

森下 恭子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 林 純一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 「老化」という現象はすべての人に例外なく訪れる現象でありながら,そのメカニズムについてはいまだ明らかにされていない.現在,老化に関する仮説は数多く提唱されているが,その1つに「老化ミトコンドリア原因説」が存在する.ミトコドリアは,好気呼吸を行い生命活動に必要なエネルギーを生産する細胞小器官である.その内部にはミトコンドリアが独自に有するmtDNAが1細胞あたり数百から数千コピー存在し,呼吸鎖酵素複合体のサブユニットやその翻訳に必要なtRNA・rRNAをコードしている.しかし, mtDNAはミトコンドリアの内部に存在していることにより,好気呼吸によるエネルギー生産時に発生する活性酸素のストレスに常にさらされ,核DNAよりも突然変異が発生しやすく,加齢に伴い突然変異が蓄積すると考えられている.「老化ミトコンドリア原因説」では,加齢に伴いmtDNAに突然変異が蓄積することによってミトコンドリアの呼吸機能が低下し,生命エネルギーを生産する能力が低下,その結果,老化に見られる諸症状が引き起こされているということを提唱している.実際,老化した個体由来の細胞においてmtDNAにわずかではあるが突然変異が存在していること,ミトコンドリアの呼吸機能が低下するという2つの現象が確認されている.  
しかし,この老化ミトコンドリア原因説にはいくつかの指摘されうる問題点が存在する.まず,病原性突然変異を持ったmtDNAがミトコンドリアの呼吸欠損を引き起こすためには,同じ位置に突然変異を持ったmtDNAコピーが全コピーの少なくとも8割を占める必要がある.しかし,老化に伴ってmtDNAに蓄積する突然変異はこの割合には到底及ばないほどわずかな割合である.更に,異なる部位に突然変異があるmtDNAを持つミトコンドリア間ではmtDNAの転写産物を交換することで,呼吸欠損に陥ることを防ぐ機能的相補作用が存在するため,老化に伴いランダムに蓄積するmtDNAへの突然変異が呼吸機能を低下させるという仮説には疑問が残る.また,ミトコンドリアの呼吸鎖酵素複合体のタンパク質やミトコンドリア内での転写・翻訳に必要な因子はmtDNAだけではなく,核DNAにもコードされているため,老化に伴うミトコンドリアの呼吸機能低下は核DNAコードのミトコンドリア関連遺伝子に原因があるという可能性も考えられる.実際に,核DNAが老化に伴うミトコンドリアの機能低下に関与していることを示唆するデータも報告されている.したがって, mtDNAにおける突然変異蓄積が加齢に伴うミトコンドリアの呼吸機能低下の直接的な原因である断定することはできず,「老化ミトコンドリア原因説」は確定的な説ではないと考えられる.
 しかし,最近,老人個体由来の細胞・組織においてmtDNA上の同じ位置に突然変異がクローナルに蓄積する現象が報告された.もし,突然変異がクローナルにしかも高率に蓄積する可能性があるならば,ミトコンドリア間相補作用による機能維持は不可能であり,その結果,ミトコンドリアの呼吸機能は時間の経過、つまり加齢とともに低下すると考えられる.そこで,本研究では老化に伴うミトコンドリアの呼吸機能低下の原因究明を最終的な目標とし,老化に伴いクローナルな突然変異がmtDNAに蓄積するか否かの検証と,老化に伴うmtDNAにおける突然変異蓄積のミトコンドリア呼吸機能への影響の解析を試みた.

結果・考察
 97歳老人由来(TIG-102)および胎児由来皮膚繊維芽細胞(TIG-3S)について,mtDNAの突然変異を検出するため,mtDNAのD-loopを含む4879bpについてクローニングシークエンスを行なった.その結果,突然変異が入ったクローンがTIG-3Sでは4.9%(4/81クローン), TIG-102では13.4%(11/82クローン)検出された.この結果より,TIG-102ではTIG-3Sに比べてmtDNAにランダムな体細胞突然変異がより頻繁に起こっていることが確認された.また, TIG-102において塩基番号1549番における突然変異が82クローン中38クローンという高い割合(46%)で検出された.この1549突然変異の有無を他個体由来の胎児由来細胞や老人由来細胞で調べたところ,これらの細胞では検出されなかった.したがって,この1549突然変異はTIG-102特異的であり,すべての老人由来細胞においてクローナルに蓄積するmtDNA突然変異として一般化することはできない.しかし,この1549突然変異がTIG-102 に高い割合で存在した理由として,この結果からでは突然変異のクローナルな蓄積の可能性を否定することはできない.また,もう一つの可能性としてこの1549突然変異が母系遺伝するmtDNAコピーにもともとヘテロに存在していたことも考えられる.そこで,この2つの可能性を検証するために,分裂寿命をもちクローニングが不可能なTIG-102を脱核し,mtDNAを持たない HeLa細胞と融合することで,TIG-102由来のmtDNAを持ちHeLa細胞の核を持つサイブリット作成を試みた.このサイブリットは1細胞から増殖することができ,かつ長期培養が可能である.そのため,単一の細胞由来のクローンを得ることができ,各TIG-102における mtDNAの1549突然変異の有無とその割合の変動を長期培養によって確認することができる.現在,これらのクローンを作成しTIG-102の各細胞のmtDNAにおける1549突然変異の有無とその割合について解析中である.
 今後の展望として,得られたクローンを長期培養し, TIG-102特異的1549突然変異を有するmtDNAコピーについて,クローン中における割合の変動を解析することを考えている.


©2005 筑波大学生物学類