つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100804

組換えカイコガを用いたbombyxin分泌神経細胞およびPTTH分泌神経細胞の可視化

山形 朋子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:古久保(徳永) 克男(筑波大学 生命環境科学研究科)

背景
 近年カイコガにおいて形質転換体の作出法が確立された。この組換えカイコガの作出法はマイクロインジェクション により卵にプラスミドDNAを注入することにより、カイコゲノム中に目的とする塩基配列を組み込む方法である。 またカイコガの遺伝子発現誘導法として、GAL4/UASシステムを用いて目的遺伝子の発現量を制御する方法が確立され ている。組換えカイコガにより特定の神経細胞を遺伝的に可視化したり機能を変えたりすることが可能になれば、 脳内の神経回路網の機能を把握するとともに、電気生理計測や光学計測と組み合わせることによってより包括的に 脳神経系の情報処理過程を調べることができる。
 本研究ではカイコガの特定の神経細胞での遺伝子発現を試み、脳神経研究において組換え体が有用であるか 調べることを目的とした。標的とする神経細胞として脳内の分泌神経細胞であるbombyxin産生細胞と前胸腺刺激 ホルモン(PTTH)産生細胞を選んだ。bombyxin遺伝子発現細胞は脳の片側に4個(計8細胞)であり、 またPTTH遺伝子発現細胞は脳の片側に2個(計4細胞)であるなど、ともにこれらの細胞のみでホルモンが発現し、 また高い転写活性が見込まれ、本研究に適した神経細胞であると考えられる。遺伝子発現を確認するレポーター としては緑色蛍光タンパク遺伝子(enhanced GFP)を選んだ。

材料と方法
 (1)コンストラクトの作成:トランスポゾンpiggyBacが組み込まれたプラスミドpBacMCSにカイコガbombyxinの プロモーター領域とその下流にGAL4をつないだ塩基配列を組み込んだ。さらにマーカーとしてカイコガの眼で発現が 確認されている3xP3プロモーターとその下流にDsRed2(赤色蛍光タンパク)遺伝子をつないだ塩基配列を組み込み、 コンストラクトpBacMCSbbx-GAL4/3xP3-DsRed2を作成した。同様にしてカイコガPTTHのプロモーター領域をプラスミド に組み込み、pBacMCSPTTH-GAL4/3xP3-DsRed2を作成した。
 (2)組換え体の作成と選出:コンストラクトDNAはヘルパープラスミドとともにカイコガ(Bombyx mori)の w1-pnd系統の卵(受精後3-8時間)にマイクロインジェクションにより注入した。成虫になったカイコガを同種交配し、 卵を採取した。採取した卵はDsRed2をマーカーとして実体蛍光顕微鏡下でスクリーニングし、組換え体を選別した。 得られた組換え系統とpBacUAS-GFP系統を交配し、pBacMCS(bbx-GAL4/3xP3-DsRed2)-pBacUAS-GFP系統、 およびpBacMCS(PTTH-GAL4/3xP3DsRed)-pBacUAS-GFP系統を作成した。
 (3)レポーター遺伝子の発現確認:EGFP蛍光を検出するフィルターを備えた実体蛍光顕微鏡を用い検鏡を行った。

結果と考察
 pBacMCS(bbx-GAL4/3xP3-DsRed)-pBacUAS-GFP
単眼で赤色蛍光が観察された3系統について蛍光顕微鏡により検鏡したところ、5齢、蛹、および成虫で脳の背側中央部 に緑色蛍光が観察された。脳で緑色蛍光が観察される細胞の個数や細胞が発する蛍光の強さは個体ごとに異なり、 また左右でも異なった。
 pBacMCS(PTTH-GAL4/3xP3-DsRed)-pBacUAS-GFP
単眼で赤色蛍光が観察された3系統について蛍光顕微鏡により検鏡したところ、5齢、蛹、および 成虫で脳の背側側方部に緑色蛍光が観察された。個体により緑色蛍光が観察される細胞の個数が異なった。
 以上bbx系統、PTTH系統における蛍光検鏡の結果から、どちらの系統においても緑色蛍光が観察される細胞の 位置は標的とする遺伝子発現細胞の位置であることから、遺伝子発現は細胞特異性を保ち、特定神経細胞で 遺伝子発現が誘導されたと考えられる。緑色蛍光の明るさに違いが見られ、また蛍光を発する細胞の個数が違って 見えたことについては、カイコゲノム中でのトランスポゾンの挿入位置による近傍の転写制御因子の影響の他、 解剖した日時や摂食状態などの個体差により分泌細胞の活性が異なったことなどの可能性が考えられる。

まとめと展開
 本研究により、カイコガのマイクロインジェクションによる組換え体作出法を用いて、プロモーターを選択する ことにより特異性のある遺伝子発現を誘導できることが分かった。今後は、@フェロモン源探索行動を支える 神経経路で遺伝子発現が誘導される系統の作出AUAS-GFPレポーターに代わるより有用なレポーター系統の作出 B特定の神経機能を阻害するようなエフェクター系統の作出を行う。これらの組換え体を用いて電気生理計測 および光学計測を行い、感覚受容から行動発現をつなぐ神経回路網を解明してその情報処理機構を明らかにしたい。


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