つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100805

枯草菌におけるリボスイッチによる遺伝子発現制御機構の解析

山崎 葵(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中村 幸治(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 mRNA上に、タンパク質の関与を受けず、アミノ酸や核酸などの代謝産物を感知して遺伝子の転写終結や翻訳を制御するシス配列が次々と報告されており、“リボスイッチ”と呼ばれている。現在、原核生物を中心にリボスイッチの同定が進められている。本研究で扱っているグラム陽性細菌の枯草菌では、今までにコエンザイムB12、チアミンピロリン酸、フラビンモノヌクレオチド、S-アデノシルメチオニン(SAM)、リジン、グアニン、アデニンなどがリボスイッチのリガンドとして働いていることが分かっている。これらのリガンドによって制御される遺伝子は全部で68遺伝子あり、これは枯草菌の全遺伝子の2%近くに相当する。また、最近は真核生物においてもリボスイッチによって制御される遺伝子が広く存在している可能性が示されている。
 リボスイッチの研究は以下の2つの点から重要である。1つは、原始地球上で複製と進化という生命の最も基本的な活動がRNAのみによってなされていたと想定するRNAワールド仮説の証拠となることである。もう1つは、リガンドのみによって遺伝子発現をオン、オフできることから、遺伝子発現制御解析のための手法としての応用が期待されていることである。
 本研究では、リボスイッチの1つであるS-boxにより制御を受けるメチオニントランスポーターyusCBA遺伝子の転写制御機構についての解析を行う。S-boxはmRNA上の5'上流非翻訳領域が特徴的な二種類の二次構造(アンチターミネーター構造およびターミネーター構造)を取りうる。メチオニン存在下では、メチオニンの代謝産物であるSAMがmRNAに直接結合することで、その二次構造がターミネーター型に変化して転写が終結する。しかし、発現する必要のない遺伝子が常にmRNAに転写されて、転写後のリボスイッチ機構により転写終結するのは効率が悪いと考えられる。このことからリボスイッチにより制御を受ける遺伝子は、第一段階としてDNAレベルで転写制御因子により転写抑制を受け、抑制を逃れたmRNAが、メチオニンが十分量存在する場合SAMに変換され、リボスイッチ機構により完全に転写終結するという可能性が考えられる。
 そこで、本研究は枯草菌のメチオニントランスポーターyusCBA遺伝子のプロモーター上流領域内のシス配列と、そこに結合するタンパク質の探索、及びその発現制御機構の解明を目的として行った。

<方法>
(1)ノーザン解析によるyusCBA遺伝子発現様式の解析
 プローブは、yusC遺伝子のコード領域をPCRで増幅後精製し、DIGラベルしたものを用いた。RNAは枯草菌野生株を最少培地、最少培地+メチオニンで生育させ、対数増殖期前期、中期、後期まで生育したものからそれぞれ抽出した。さらに、プローブがトラップされてしまうのを防ぐために抽出した全RNAからrRNAを除去した。プローブとRNAを反応させ、プローブとハイブリダイズしたRNAを検出し、yusCBA遺伝子の発現量を調べた。

(2)ゲルシフトアッセイによるyusCBA遺伝子プロモーター上流領域結合タンパク質の探索
 プローブ作製のために、yusCBA遺伝子プロモーター上流領域上に段階的に3種類のプライマーを設計した。プライマーの間の領域をそれぞれPCRで増幅し、精製した後、[α-32P]ATPで末端標識したものをプローブとした。また、yusC遺伝子内の非特異的な領域のプローブも同様の手順で作製した。細胞抽出液は枯草菌野生株168TrpC2から調製した。プローブと細胞抽出液を反応させた後、未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動で展開し、シフトしたバンドからプロモーター上流領域と結合するタンパク質を探索した。

<結果および考察>
(1)野生株のノーザン解析の結果からは、メチオニン存在下でyusCBA遺伝子の発現が抑制されることが確認できた。このことから、yusCBA遺伝子はメチオニンの量を感知して発現が制御されていると言える。

(2)ゲルシフトアッセイの結果からは、yusCBA遺伝子プロモーター上流の制御領域や上流領域に特異的に結合するタンパク質を見出せなかった。また、上流領域をプローブとしたものと非特異的な領域をプローブとしたものを比較したところ、シフトバンドのパターンに大きな違いが見られなかった。枯草菌には非特異的にDNAに結合するHBsuというタンパク質が存在するため、このシフトバンドはHBsuによるものと予想された。

<今後の予定>
 yusCBA遺伝子のプロモーター上流領域に転写制御を受ける領域があるかどうかをより詳細に調べるために、プロモーター上流領域を段階的に欠損させた形質転換株を作製する。形質転換株は以下のように作製する予定である。
 段階的に欠損させたプロモーター上流領域から遺伝子のコード領域の一部(yusC内)までをPCRで増幅し、インサートを作製する。大腸菌と枯草菌のシャトルベクターpDH88にそのプロモーター上流領域の欠損変異株の挿入断片と、相同組み換えのために必要なamyE遺伝子を組込む。作製したプラスミドを大腸菌に導入し、抗生物質で選択した後、枯草菌ゲノム中に組込む。プラスミドが組込まれた形質転換株は、本来持っているyusCBA遺伝子に加えyusC遺伝子の一部を別に保持することになるが、両者はポリアクリルアミドゲル電気泳動で展開すると、大きさで区別することができると予想される。作製した株からRNA を抽出し、導入した変異型yusCyusC遺伝子の一部)とS-box領域の転写量をノーザン解析で検出する。プロモーター上流領域を欠損させていくことによって転写量に変化が現れれば、転写制御因子が結合するようなシス配列が存在する可能性がある。


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