つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100806

シロイヌナズナ花茎を用いた切断組織癒合過程の生理学的解析

山崎 貴司(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:佐藤 忍(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 高等植物では、通常、一旦分離した細胞同士が、動物細胞のように再び接着することはない。しかし、雌しべ形成時の心皮の結合や、傷害・接ぎ木などによる組織癒合時などには、例外的に観察することができる。この様な後生的な細胞接着は、植物の形態形成に極めて重要な現象であるにも関わらず、そのメカニズムの解明がほとんど行われていないのが現状である。
 植物細胞は堅い細胞壁によって空間的に制限されており、細胞間の接着は細胞壁を介して行われている。キュウリ・トマト切断胚軸を用いた以前の解析から、癒合過程の細胞分裂には、子葉で合成された植物ホルモンの一種であるジベレリンが必要であること、癒合部の細胞において、癒合部以外の細胞と比較して数倍の厚さを有する膜状の物質を数層含む細胞壁が形成されること、細胞壁多糖の一種であるペクチンの活発な合成や蓄積が生じることが示された(Asahina et al. 2002)。
 そこで本研究では、組織癒合過程の分子生物学的解析が行えるかを検討するために、分子生物学的解析に優れたシロイヌナズナの花茎を用いて、組織癒合過程の生理学的解析を行い、切断組織癒合過程の形態変化、器官・植物ホルモンの癒合に対する効果を明らかにすることを目的とした。これらの生理学的解析を基盤として、癒合過程における細胞壁関連遺伝子の発現解析などの分子生物学的解析を行い、組織癒合過程での細胞壁の変化、およびその調節機構を明らかにしていきたいと考えている。

<方法>
 細胞分裂のマーカー遺伝子であるサイクリンB(cycB)プロモーターに、レポーター遺伝子のβ-グルクロニダーゼ(GUS)を結合させたキメラ遺伝子を導入したシロイヌナズナを用いて、伸長がほぼ停止している部位である花茎の第1、または第2節間を、マイクロナイフを用いて直径の約半分切断処理を行い、癒合過程の形態的観察を行った。
 形態的観察として、PcycB::GUS植物体の切断部周辺をGUS染色し、実体顕微鏡によるGUS発現観察を行った。また、切断部周辺の花茎を切り出して、テクノビット樹脂に包埋し、切片を作成して光学顕微鏡で観察を行い、癒合の過程について検討した。

<結果・考察>
 1.経時変化
 切断処理を行ってから、1〜10日後の切断部周辺花茎の観察を行った。
 非切断部では発現が観察されないのに対して、切断部周辺ではGUSの発現が強く観察された。また、切断部位の下部周辺でもGUSの発現は見られたが、上部でより強い発現が観察された。また、GUS発現は、切断1日後から弱い発現が観察され、3日後においてその発現はもっとも強くなった。その後以降は、発現が減少し、10日後においては発現がほぼ観察されなかった。
 樹脂切片観察から、切断3日後から切断で生じた空間を、細胞分裂・伸長によって細胞が埋め始めていた。また、それらの細胞のいくつかはGUSの発現が観察された。7日後では、空間を埋める細胞の細胞壁が厚壁化してるように観察され細胞の並びも不規則であった。10日後では、小さく厚壁化した細胞で髄組織が埋められているのが観察された。
 これらのことから、細胞分裂は切断3日後に最も活発となり、以後細胞分裂により増殖した細胞が伸長で切断により生じた空間を埋め、細胞自身も厚壁化することにより、切断された組織の癒合が進行していくと考えられる。今後は、癒合がどこまで進行するのか見極め、組織化学染色や形質転換体を用いて癒合部の分化について検討していきたいと考えている。

 2.癒合に対する各器官切除の効果
 癒合において、シロイヌナズナの地上部器官がどのように影響を与えるか検討するため、各器官を切除した植物体を用いて、同様の実験を行った。器官切除体として、茎頂・茎生葉を全て切除した花茎のみの植物体、茎頂を切除した植物体、茎生葉を切除した植物体を用いた。
 GUS発現が最も強い切断3日後を用いて観察したところ、茎頂・茎生葉を全て切除した花茎のみの植物体と茎生葉を切除した植物体からは弱い発現しか観察されないが、茎頂を切除した植物体からは器官切除をしていない植物体と同様の強い発現が観察された。
 このことから、切断部の癒合の細胞分裂においては茎生葉が生産する何らかの物質が影響を与えている事が考えられる。今後は、テクノビット樹脂切片による癒合部の詳細な観察を行い、癒合における各器官の効果について検討していきたいと考えている。

<今後の展望>
 シロイヌナズナ花茎を用いた切断部の組織癒合は、以前に行われたキュウリ・トマト切断胚軸の組織癒合と同様の形態変化が観察された。このことより、組織癒合過程においてシロイヌナズナを用いた解析が可能であり、今後は分子生物学的解析に優れているというシロイヌナズナの利点を生かして、変異体やタグライン、マイクロアレイを用いた解析を行っていく予定である。 


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