つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100809

自閉症モデルラットの行動解析とモノアミン

吉田 みのり (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 成田 正明 (筑波大学 人間総合科学研究科)

<背景と目的>
自閉症は神経発達障害の一つで、社会性の障害、コミュニケーションの障害、同一性の固執を主徴とする。その病態にはまだ不明な点が多く、 モデル動物の開発が必要とされてきていた。そこでサリドマイドあるいはバルプロ酸ナトリウム服用妊婦から生まれた子には自閉症発症率が高いという 疫学的事実に着目し、これを元に本研究室では自閉症モデルラットを作成した。
今回の研究ではこの自閉症モデルラットがどのような行動学的症状を示すかを社会相互作用テストで調べた。またその脳内ではどのような変化が 起きているのかを、脳内モノアミンを中心として調べた。

<方法>
実験にはWister系ラットを用いた。従来より確立された方法、すなわち妊娠9日目の妊娠ラットにサリドマイド(500mg/kg)、あるいはバルプロ酸ナトリウム(800mg/kg)を 2mlの5%アラビアゴムに溶かし、一回経口投与し、その仔ラットを自閉症モデルラットとして使用した。
・社会性相互作用テスト(Social Interaction Test; SI Test)
50×50×30cmの箱の中に同群の雄ラット(生後7週)を二匹入れて赤色光下で10分間観察した。社会性相互作用、すなわち、sniffing(相手のにおいを嗅ぐ), climbing(相手にのしかかる), following(相手の後を追う), grooming (相手の毛づくろいをする), attack(攻撃行動)という評価項目の時間を測定した。また各個体の移動距離を測定した。
・脳内モノアミンの同定
自閉症とセロトニン系の関連性は以前の研究からも指摘されている。一部のヒト自閉症患者には高セロトニン血症が見られ、また今自閉症モデルラットでも海馬、 小脳、前頭前野においてセロトニン濃度が有意に上昇していることが以前の研究結果からわかっている。
これらの研究結果を受けて、セロトニン神経が分布している線条体、視床、視床下部それぞれの部位を生後8週の雄モデルラットから取り出した。 それらのホモジェナイズサンプルをHPLCにかけて、セロトニン、ドパミン、アドレナリンやそれらの代謝物量をそれぞれ測定した。

<結果と考察>
・社会性相互作用テスト
各相互作用行動時間では、grooming時間がバルプロ酸Na投与群で上昇していたものの、相互作用回数、総相互作用時間には各群目立った差は無かった。
mean±SEMsniffing(秒)climbing(秒)following(秒)grooming(秒)attack(秒)相互作用回数(回)総相互作用時間(秒)
control65±522±27±13±12±163±399±6
モデルラット群
サリドマイド投与群
59±526±35±0.2±0.0±0.55±392±6
モデルラット群
バルプロ酸Na投与群
67±424±47±19±34±262±4111±9

これは、ヒトとラットでは種の違いが大きくそのため当然高次脳機能の違いによる可能性がある。すなわち、ヒトもラットも「自閉症」と いっても表現型、なかでも高次脳機能に基づく社会性の障害という点ではヒトとラットでは大きく異なる可能性がある。
・脳内モノアミン
線条体において、モデルラット群ではセロトニン系物質とノルエピネフリン量が有意に上昇していた。また、エピネフリンが有意に低下していた。



視床においては物質量のばらつきが多かったが、モデルラット群でドパミン量が減少していた。
視床下部において、各物質ごとにはコントロール群とモデルラット群で有意差は見られなかったが、モデルラット群は脳内モノアミンが減少する傾向が見られた。
このような結果から、自閉症において線条体の変化の重要性が示唆される。


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