つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100810

BACを用いたFlk-1 locusへの遺伝子ノックイン系の開発

若松 麻美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 高橋 智 (筑波大学 人間総合研究科)

【目的と背景】
 Flk-1はVEGF (vascular endothelial growth factor) をリガンドとするチロシンキナーゼ型受容体であり、中胚葉系細胞が血管内皮細胞、造血系細胞及び壁細胞に分化する過程で重要な役割を果たすことが知られている。特に血管内皮細胞に関しては、Flk-1の発現が発生初期から分化後まで一貫して維持されることが分かっている。したがって、Flk-1 locusへの遺伝子ノックイン系を開発することにより、血管内皮細胞において任意の遺伝子を異所性発現させることが可能となり、その機能解析を行うことができると考えられる。またBAC (bacterial artificial chromosome) をベクターとして用いることで、長大な遺伝子配列をクローニングすることが可能となるため、ES細胞に導入する際に高い効率での相同組換えが起こると予想される。さらにランダム挿入を起こした場合にも、制御領域が組み込まれている可能性が高く、作製した遺伝子改変マウスでFlk-1の発現を再現できると期待される。
 なお、この実験系により機能解析を予定しているマウス遺伝子Hey2は、ゼブラフィッシュのbHLH型転写因子gridlockのマウスホモログである。gridlockはゼブラフィッシュの動脈内皮前駆細胞、及び動脈内皮細胞に特異的に発現し、動脈形成に必須であると同時に、静脈の成長を抑制するように働くことが既に示されている。しかし、哺乳類の動脈・静脈分化のメカニズムに関しては未知の点が多く、その制御機構を明らかにすることは重要であると考えられた。
 したがって本研究は、発生初期から血管内皮細胞に発現しているFlk-1に着目し、その遺伝子領域に任意の遺伝子をノックインする実験系の開発と、転写因子Hey2の機能解析を行うことを目的とする。

【実験方法】
BACのスクリーニング
 Flk-1の 転写開始点上流の配列をプローブとしてBACライブラリーをスクリーニングし、9クローンのBACを同定した。これらのBACクローンに対し、クローニングサイトの両端でシーケンスを行った。これにより得られた結果をCelera Discovery Systemのデータベースと照合し、各クローンに含まれるFlk-1遺伝子領域を決定した。
BAC の組換え
 スクリーニングしたBACの内、3クローンに対してRed/ET RECOMBINATIONの手法を用いて組換えを行った。まずBACを含む大腸菌に、組換えタンパクRed/ET発現プラスミド (pSC101-BAD-gbaA; 温度感受性プラスミド) をエレクトロポレーションにより導入した。次に、標的となるFlk-1 第一エキソン内に50bpの配列を一組選択し、これらに24merのプライマー配列を加えた74merのオリゴヌクレオチドを合成した。これをPCRによってrpsL-neoカセットの両端にそれぞれ付加し、Flk-1のホモロジーアームとした。続いてこのホモロジーアームを持つrpsL-neoカセットをエレクトロポレーションにより大腸菌に導入し、L-アラビノースを加えてRed/ET酵素を活性化した。その後、30度で震盪培養してBAC DNAとrpsL-neoカセット間で組換えを起こさせた。得られたコロニーのスクリーニングは、カナマイシンによるポジティブ選択、及びPCRによって行った。現在は、rpsL-neoカセットと任意の遺伝子間での組換えに向けて、Hey2及びSDKlacZのベクターを作製中である。

【結果と考察】
 BAC DNAを修飾する上で必要なスクリーニングの条件を決定した。またBACの組換えに関しては、Flk-1 locusに、Flk-1ホモロジーアームを有するrpsL-neoカセットを導入することに成功した。このときの相同組換え効率は52%であった。しかしながら、1個の大腸菌コロニーにおいて、相同組換えと相同組換えが起こらないBACクローンが同時に存在するケースが多くの場合に観察された。相同組換えのみが認められたコロニーは2個であり、全体の3%であったが、BAC DNAとrpsL-neoカセット間での相同組換え効率は決して低くはないということが分かった。したがって、今後相同組換えのみを誘導出来るよう、何らかの工夫が必要であると思われた。

【今後の展望】
 Hey2及びSDKlacZのベクターを作製し、これらとrpsL-neoカセット間での相同組換えを行う。これによって得られたBAC DNAをES細胞に導入し、遺伝子改変されたES細胞を樹立する。このES細胞由来のマウスは、動脈・静脈分化に異常をきたすと予想され、胎生致死である可能性がある。したがってライン化することは困難であると思われるため、テトラプロイドアグリゲーション法によって100%ES細胞由来のマウス胚を作製し、胎仔の解析を行う予定である。
 本実験系は様々な遺伝子ノックインに対して有効であると考えられるため、これを用いて、今後動脈・静脈の分化に関わる分子機構を詳細に研究していきたいと考えている。


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