つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200109010

外来性ミトコンドリアDNAのマウス個体への導入法の確立

井野 幸史朗 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中田 和人 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 生物の生命活動に必要不可欠なATPを作り出すミトコンドリアには核DNAとは全く異なる独自のミトコンドリアDNA (mtDNA) が存在する。一細胞内に多コピー存在するmtDNAは2つのrRNA、22種類のtRNA、呼吸鎖酵素複合体の13種類のサブユニットをコードしている。
 細胞内における病原性突然変異型mtDNAの蓄積が呼吸機能欠損を引き起こす。個体レベルにおいての影響としてはミトコンドリア病と呼ばれる複合症を引き起こすことが知られ、さらに神経変性疾患、糖尿病、難聴などの病気と関与している可能性が示唆されているが、同一の病原性突然変異型mtDNAが蓄積しても病状が多様であるなど詳しい発症メカニズムは解明されていない。
 ミトコンドリアの構造は微小であり二重膜を持つ。そのため、外来性のmtDNAを人為的にミトコンドリア内に導入することは非常に困難であり、核ゲノムで行われているようなDNA組換えの技術はミトコンドリアにおいては確立されていない。ミトコンドリア病の発症機構の解明、治療法の探索のために外来性mtDNAのマウス個体への導入法が確立が求められる。治療法の探索に関して現時点では、生命倫理上人間への応用はできないが、方法の確立はアカデミックな意味で意義があると言える。
 そこで、外来性のmtDNAをミトコンドリア内に導入したmtDNA変異モデルマウスの作製法の確立を試みた。

方法
 外来性mtDNAのマウス個体への導入法の大まかな流れとしては、外来性mtDNAを細胞から単離したミトコンドリア画分に導入。次に外来性mtDNAを持ったミトコンドリアをマウス受精卵に導入した。実験材料としてはマウス(Mus musculus)の受精卵、M. musculusとは異種のM. spretus (spr)型mtDNAを持つミトコンドリア画分、外来性mtDNAとして大規模欠失型mtDNA(ΔmtDNA)を用いた。これらは外来性mtDNA、ミトコンドリア画分に内在するmtDNA、そして受精卵に内在するmtDNAを最終的に得られる個体において区別し、その有無を確認するために用いた。
 実験ではまず、ΔmtDNAをエレクトロポレーション法(Coutelle C.et al 1997)によってミトコンドリア画分に導入した。この画分をマイクロインジェクション法によってマウスの受精卵に導入しspr 型mt DNAとΔmtDNAの有無をPCR法で調べた。
 また、ΔmtDNAを導入した受精卵を仮親マウスに移植して得られた仔マウスで spr 型mt DNAとΔmtDNAの有無をPCR法によって調べた。

結果
 外来性mtDNAを導入した受精卵においてはspr 型mt DNAとΔmtDNAともにその存在が確認された。
 ΔmtDNAを導入したspr型ミトコンドリア画分をマウス前核期胚に導入し得られた出生個体に関してはspr 型mt DNAが残存することが確認されたが、ΔmtDNAに関してはその存在は確認されなかった。

考察
 出生個体においてspr 型mtDNAが検出されたことで、マイクロインジェクションによって導入されたミトコンドリア画分は安定的に存在しつづけることが確認された。
 外来性mtDNAを導入した直後の受精卵で検出されたのにもかかわらず個体では検出されなかった。このことは外来性mtDNAが受精卵に導入はされたものの、個体に至るまでに選択的に排除されたことを示唆する。原因としては次のような事が考えられる。まず、mtDNAは元々mt TFA(mitochondrial transcription factor A)などのタンパク質に保護されているが、今回の実験に用いた外来性mtDNAが導入後にこれらの保護タンパク質を結合することができなかった可能性が挙げられる。さらに、エレクトロポ−レーションによってミトコンドリア画分に導入された外来性mtDNAはその量が少ないため、個体に達するまでに代謝されたとも考えられる。
 今後はエレクトロポレーション、そしてマイクロインジェクションにおける条件設定を最適化することで外来性ミトコンドリDNAのマウス個体への導入法の確立を目指す。


©2005 筑波大学生物学類