つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200505AK.

Working Holiday で考えたこと

亀川  玲(生物学類 4年生)

 「今までの日本を学び、これからの日本について考えた。」
 Working Holiday(WH) VISAを利用して外国で何をしてきたのかと問われれば、こう答えるだろう。外国の街を歩き、本を読み、旅行と勉強と仕事を通じて出会う欧米やアジアの人々と話をすると、海外に存在する多くの「日本」を意識せざるを得ない。そして、それらは今まで日本にいるだけでは気づかなかった、いや、むしろ気づかなければならないところを、さらりと見逃していた部分だった。
 外国を旅行していると、現地の人だけではなく様々な国の旅行者に出会うことが多い。ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカからの旅人たち。彼らの多くは、日本や日本人である私に対してとても友好的で、好意をもって話し掛けてきてくれる。旅先の感想に始まり母国のお国自慢まで。そして、好奇心旺盛な彼らは、日本人である私に、日本の産業、文化、歴史について質問するのだ。
 「HARAKIRIって、いったい何だい?」(オランダ人旅行者)
 「日本に行ったら新幹線に乗りたいね、とても早いんだろ。」(タイ人留学生)
 「今の歴史は第二次世界大戦の戦勝国の歴史だと思わないかい?かなり脚色されているよ。ナチスは確かに狂気じみていたけど、帝国時代に米英が植民地の人々に行った行為もひどかったじゃないか。非常に残念だ。」(ドイツ人旅行者)
 「生物学を勉強している!?就職に有利なのか?役に立つのか?」(トルコ人留学生)
 彼らの話を聞き、問われることで、自分が外国のことだけでなく、母国である日本について知らないことに気づかされた。それ以来、私は「海外を旅行するということは、日本を世界へ発信する一番身近な手段のひとつである。」と考え、旅先で会う現地の人や旅行者に対して接してきた。そのためには、日本の歴史、文化について理解していないといけない。それが「今までの日本を学び、これからの日本について考えた」理由だ。

 まず、WH Visaの大まかな説明から。WH Visaは観光ビザ、学生ビザ、就労ビザ同様、外国の大使館が発給してくれる査証のひとつだ。期間は1年間で、その特徴は旅行に加え勉強とパートタイムの仕事ができる点であり、観光ビザではできない勉強、学生ビザではできない長期間の旅行と仕事が可能になる。ただし、就学は最長3ヶ月、仕事にも多少制限がつく。語学学習が目的なら学生ビザで十分だし、旅行するだけなら観光ビザで十分だ。WHを利用する人は、語学を勉強した後、パートで旅費を稼ぎながら各地をラウンドするケースが多い。
 民間企業がWH Visaに伴ったプログラムを提供しており、ビザ取得、旅行保険、学校、滞在先、仕事の斡旋をしてくれるが、そこは自分でやって、さまざまな経験をするのがWH本来の目的でもある。しかし、何も分からない日本人が事件に巻き込まれることも考えられ、最悪、女性がレイプされたことも、少ないながらあるので、現地の日本人が経営する代理店を情報収集に利用するのが賢い選択だろう。「地球の歩き方」や海外旅行ガイドブックにもWHについて詳しく書かれているので、国内での情報収集の参考となるだろう。

 「モノ」編。自動車、バイク、家電、電子機器、カメラ。Made in Japanのブランドは間違いなく世界標準だ。これらの商品には、世界標準となり得るそれなりの理由がある。品質が高いということは当然ながら「Cool」、かっこいいのだ。TOYOTA、HONDA、SONY、Canon。多様化の進む日本で生まれた商品の数々は、洗練されたデザインと確かな性能に裏付けられた、確固たるブランドとなっている。これらのMade in Japanを持っていることは裕福であることの証であると同時に、「Cool」なのだ。途上国からの留学生は、留学そのこと自体が裕福なことなのだろうが、彼らや先進国からの旅行者が持っているデジカメ、デジタルプレーヤーはSONYやPanasonicであることが多い。
 ところが、数年前までODAなどで言われていた「日本はモノと金は出すけど、顔が見えない」と同じことが世界で活躍する日本企業に言われている。確かに商品は人気があり、すばらしいと認められている。しかし、日系企業で働きたいという外国人は少なく、逆に人気が高いのは欧米や韓国の企業なのだ。その理由は、事業における人材の現地化が遅れていることに加え、外国での文化、学術へのスポンサー活動や、優秀な学生に対する留学支援、奨学金制度が欧米や韓国企業に比べ積極的でないことが挙げられる。
 今、多くの日本企業が外国での新事業に取り組んでいる。土地が違えば文化や習慣、嗜好が違うのは当たり前だ。現地の人の協力無しに、新天地での成功は遂げられないだろう。政治も経済もまずは「人」から。移動手段が発達し、国境が近くなっても同じだ。人と人の交流が発展の基礎となることに、変わりはない。

 「文化」編。それぞれの国の文化を代表するものは、やはり「食文化」ではないだろうか。日本の食文化も世界で知られているがsushi-roll以外は人気がない。というのも塩味が濃すぎるから。OZも、ドイツ人も、韓国人も私が作った味噌汁や煮物を食べては「Too salty!!」と言う。
 しかし、今、世界の若者がDragon Ball、SLAM DUNKを読み、PlayStation、SEGA、Nintendoで遊び、Pokemon、Yu-Gi-Ohを見る。日本発のサブカルチャーは世界を圧巻している。アニメ、漫画、ゲーム。宮崎駿の「Spirited Away」がアカデミー賞を受賞したが、日本発のサブカルチャーはこれにとどまらない。DRAEMONが、ASTROBOYが、GUNDUMが、Pikachuが世界中で大人気なのだ。書店に行けば日本人作家の漫画のコーナーがあり、あらゆるジャンルの作品が日本と同じように並んでいる。当然せりふは訳されているが、エッ!そんな作品まで、と驚くことも一度や二度ではなかった。
 さて、Cartoonの次に来る日本の文化は「健康志向」だと思う。日々の生活が満たされ、モノに満足すれば、人は誰もが長寿を望む。現在、日本は世界一の長寿の国だ。日々の生活に満たされたとき、外国諸国の人々は長寿の秘訣を知りたがり、日本に注目するだろう。そのとき、私たちはなんと答えられるだろうか。寝たきりのままふとんの中で、病院や介護施設のベッドの中で暮らす数年間が本当の長寿といえるだろうか。多くの人は気が付いている、これではいけない。そこで生まれたのが健康志向だ。有機栽培食品、各種の健康補助食品、ダイエット、エクササイズ。日本の健康志向を一言でいえば「予防」、いかに健康を保つか、病気を防ぐか、に焦点が当てられている。
 一方、外国では。今回、滞在期間の一番長かったオーストラリアでは、世界2番目の肥満大国といわれているだけに予防の概念は乏しい。先進国ゆえに治療技術は発達しているが、盛んなのは「Meditation」だ。ヨガや瞑想にイメージトレーニング。病は気から、心の健康に気を配ったものが多い。
 日本も元々「Meditation」が盛んなところだ。禅、書、念仏などで精神の安息を求めることは、今でも珍しいことではない。心と体の両方から健康を維持し、病を予防する。この文化なら盛んになる前に、積極的に発信してかまわない。

 「ヒト」編。2004年はアテネオリンピックが開催され、日本代表選手の活躍で国内も大いに盛り上がったようだ。私もオーストラリアの放送で柔道の選手が活躍する姿を見た。しかし、日本代表と呼ばれる人はアテネにいた選手たちだけではない。世界中に溢れている。
 十数年前、世界が日本人に対して持っているイメージは「カメラを片手に観光地をつまみ食い、免税店でお土産を買いあさる人々」だった。ところが、今、日本人はどのような人々か、と聞けば「サーフィン、スキューバ、スカイダイビング、スキーにスノボ。バスで列車で、時には自転車で世界をラウンドする遊び上手な人々」と答える人が増えている。    
 私たち日本人は、ひとたび日本を離れればどこへ行っても「日本人」という目で見られる。英語の勉強をしても、サーフィンをしても、カジノで遊んでも、喧嘩をしても、買春をしても。良くも悪くも全て、ある日本人がしたことになるのだ。その時々の印象はわずかなものかもしれないが、その積み重ねは大きな全体像を作ることになるだろう。そう、私たちは、外国へ出る時、一人の小さな日本代表になる。
 このことは国内でも同じことが言える。会社、学校、出身地、家。そこを離れた時に責任のある行動をとることが、社会で暮らしていく上で最も大切なこととなる。日本との違いを多く感じる外国で、このことをよりいっそう強く意識できたことを大変幸せに思う。

 最後に、自由にビザが取れ、外国を旅行できる機会を与えてくれる日本に感謝し、この豊かな日本を築き上げてきた、私たちの先輩方を尊敬している。そして、すばらしい歴史と文化、伝統を持ち、勤勉な民族であると世界で認められる国民であることを誇りに思い、また、それを担う一人として恥ずかしくない人間に、私はなりたい。

Communicated by Tomohiko Kuwabara, Received May 12, 2005.

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