つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200506YT.

特集:下田臨海実験センター

下田で学ぶ自然と研究

土屋 泰孝(筑波大学 生命環境科学等支援室 下田臨海実験センター) 

 私は、下田臨海実験センターから車で10分の伊豆の白浜で生まれ育ち、物心がついた時にはいつの間にか海で潜っていたり、釣りしていた、根っからの海好きである。昭和50年11月東京教育大学付属下田臨海実験所に地元の技官として採用になった。就職当時は実験所からカッパと長靴を支給され、船のことなど何も知らない私は所長と伝馬船に乗って魯の漕ぎ方を教わり、ホヤの生け簀まで毎日往復していた(たぶん下田のセンターでは今や和船の魯を漕げるのは私だけかな?)。もちろん今でもカッパと長靴は下田の職員&学生の正装である。現在は、研究調査船「つくば」18t850馬力、最高速度25ノット定員30名を技術職員3名で操船及び作業し、おもに実習や研究者のプランクトン、採水、ドレッジ、トロール採集などの採集調査をしている。伊豆は半島の先端で波も荒く学生などの素人相手なので安全を最優先にしている。また、採集船「あかね」は0.5tの15馬力の船外機を備えて、主に研究者の鍋田港内での潜水作業による採集調査に幅広く使われ、私も運転はもとより潜水調査を行なっている。

 下田臨海実験センターは筑波キャンパスから270km離れた伊豆半島、下田港の隣に面した奥行き800mの入り江のところにある。目の前の鍋田湾は波も無く穏やかで、白い砂浜が前面に広がり、あまりに白い砂浜とグリーン色の海と透き通った透明度のロケーションに感激する。昨年はアカウミガメが砂浜に産卵して、9月中旬の早朝に砂浜から顔を出して海に向かっていく多くの子ガメを見ることができ、職員&学生も大喜びであった。

 センターに着くと、玄関左側の実習室の前にバナナの木が植えてある。沖縄を除いて日本では庭植えでは越冬できないと聞いているが、温暖で霜なども降らない下田なので、夏にはバナナの花が咲き、秋には美味しく立派なバナナが収穫できるので驚きである。また、センターの入り江は夏には多くの子供連れの観光客で賑わい、湾中ではキス、アジ、イワシ、タナゴや小メジナなどやアオリイカなどが釣れるので釣り人を楽しませてくれる。しかし何と言っても、6月頃から湾内で手漕ぎボートの上から狙うライトタックルでのルアー釣りが非常に面白い。40cm以上もあるアブラカマスが釣れて、引き味も楽しいが食べると脂が乗っていて刺身に焼き魚に最高の酒の肴になる。また、9月15日〜5月15日までは伊勢海老漁が解禁して各港では刺し網が干してあり、センター前でも早朝には漁師さん達が網に掛かった伊勢海老や魚を外す光景が目に入る。漁師は口も荒く怖くて近寄りがいたが、人情も厚く優しいので、お手伝いすると新鮮な魚が手に入ることもある。早朝の散歩は三文の徳である。初夏から秋の期間は「かつぎ」と言われる素潜り潜水でアワビ、アザエ、シッタカ、トコブシ、テングサなどを取っている海女さんを見かける。ほとんどの方が70歳以上の年配者であるにもかかわらず、まだ現役の人も多く居てビックリする。

 伊豆の海は北からの栄養の高い潮が流れてきて、海の中はカジメなどが林のように立ち並び、貝の餌になる海藻も豊富にある。南からは暖かい海水が流れ込み、夏になると黒潮に乗って死滅回遊魚といわれるソラスズメやクマノミ、ズズメダイなどの亜熱帯の魚が集まる。素潜りで多く見ることが出来て、別世界を見ているほど楽しいので是非潜って見るのをお勧めする。注意したいのは、漁業権の無い人は海の物を取ると密猟になるので、海中散歩だけにして頂きたい。また海岸の岩場では、岩の下などにウミウシやヒトデなどの無脊椎動物が多数見られるので観察すると楽しい。ただし、自然を壊さない為にも起こした石は必ず元に戻すことをお願いしたい。

 ところで、下田港は伊豆半島の先端にあることから風よけの待港だった。昔は多くの海賊が出没したらしいが、今から150年前の1854年に米港海軍ペリー提督により、当時鎖国だった日本と米国との間で日米和親条約が結ばれ、近代日本の幕開けとなった場所である。また、当時の黒船には生物学者も乗船しており、この際に採集された標本をもとにして新種記載された種の一つがワカメでる。このワカメのタイプ標本は今でもアメリカ合衆国に保存されている。翌年には露国海軍チャーチン提督が日露和親条約を下田の長楽寺で締結したが、この時乗船していたディアナ号は大津波で大破し、修理の為の回送中に暴風雨に遭遇して沈没してしまった。そこで、不慣れな日本大工を使って下田港で代艦を建造したのだが、これがもとで日本に洋式造船技術が残った。また、当時の下田の家は、漆喰の海藻の角又を煮詰め消石灰または貝灰を入れ、そこに繊維質の材料を入れて練り上げたナマコ壁という壁でできていた。これは江戸末期の木造の家で、火災には強かったが水に弱く、安政の津波でほとんどの家が流されてしまった。今では数件の家のナマコ壁しか残っていない。

 伊豆は山もいい。伊豆の山は山菜の宝庫で、春には山菜取りの人が多い。また、山からすぐ海で、平地が無いため、だんだん畑に野菜やミカンの栽培が行なわれている。電車や車の道沿いに、オレンジ色のさまざまなミカンが成っていて目を楽しませてくれる。ミカン狩なども安くて美味しくて嬉しい。この伊豆で一番高い天城山は標高1406mで、中腹には八丁池がありイモリが成育する。また梅雨時には、モリアオガエルが池の周りの枝に卵を産み付ける姿が見られるので感激する。伊豆は富士火山帯に属し、至るところで温泉が湧き出ているので、温泉旅館が多い。洞窟風呂や朝日の見える温泉に夕日の温泉などいろいろな露天風呂を楽しめるので、世界各国の要人がお忍のびで尋ねて来る穴場でもある。是非一度は尋ねてみたい。昔の伊豆は陸の孤島で江戸時代は罪人の島流しの場所であった為に、大悪人か当時の時代にあわなかった天才が送られて来たと聞いている。

 天城の回りは国有林で囲まれていて、水質の綺麗な渓流が流れている。年間を通して水温も低く、ワサビの栽培に適しているので、道路からあちらこちらでワサビ田が見える。渓流では山女が成育していて、上流には少数ながらイワナもいて、下流にはルビーのような宝石を散りばめた朱点が特徴のアマゴなどもいる。そのため、日本独特の毛ばりのテンカラで釣りを楽しむ人や餌釣り師が入渓していて、私もフライマンとして春の渓流を一日中歩いて楽しむ一人である。天城を越えて下ると、伊豆の七滝を通り過ぎ、河津に到着する。2月になると河津川の沿いには、黄色い菜の花と一緒に、日本で一番早く淡いピンク綺麗な桜の花が咲くため、多くの観光客で賑わうところである。

 まだまだ紹介しきれませんが、伊豆は海、山、川と自然がいっぱい残っているところです。これからも多くの研究者や学生に海や自然を教え、これからも大事にしていきたいですね。

Communicated by Kazuo Inaba, Received June 24, 2005.

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