つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200507RS.

科学ジャーナリズム講座III

科学ジャーナリスト系統分類

睦美ストーン

 この夏,筑波大学で生命環境科学研究科の構造生物科学専攻、情報生物科学専攻と生物学類が主催する「科学ジャーナリズム講座」が開講される。これを機に,将来は科学ジャーナリストに,と考える方が増えるかもしれない。本稿では,科学ジャーナリストの仕事の概略を役不足ながら私の知る範囲でお伝えしたい。

 科学ジャーナリストというと,大雑把に言って出版や放送などのいわゆるマスコミ分野で科学関係の記事・書籍・番組を担当する人を指す。しかし私自身,かつて科学雑誌の編集部に勤務していたときに,自分の職業を「xxxの編集部にいます」とか「科学雑誌の編集をしています」と称しており,「科学ジャーナリストです」などという怪しげな名称は使わなかった。まわりでも誰もそういう言い方はしていなかった。

 最近でこそ週刊誌などで「科学ジャーナリスト」という肩書きを見かけるが,まだまだ少数派である。ジャーナリストにせよミュージシャン,アーティストにせよ,職業をカタカナで言うと,日本語として定着しきっていないせいか,どうも胡散臭さが付きまとう。米国人の夫と結婚し,彼が職業欄にScience Journalistと書くのを見るたび「怪しい……」と思ったものである。数年間たってなれてきたとはいえ,いまだにちょっと居心地の悪さを感じる。

 余談だが,英国ケンブリッジに住んでいた頃,まわりには日本からの研究者がけっこういた。ケンブリッジは筑波同様に大学の町で、世界各国からの研究者が多い。日本人研究者の奥さんの一人が「ダンナが職業をサイエンティストって言うのを聞くとなんだか恥かしい」と言っていたが,ジャーナリストと言うときにもそれに似た感じがつきまとう。そもそも現在の日本に,科学ジャーナリストの養成課程もなければ資格試験があるわけでもないので,自宅のプリンタで名刺を作って,肩書きに「科学ジャーナリスト」と書けば誰でも今日から科学ジャーナリストである。そういう点が余計に胡散臭さを増す。

 「ジャーナリスト」といってしまうと,「報道」という限定した意味にとらわれがちなので,私はこういった職業も含めた広義の言葉として「科学メディエーター」という造語を勝手に使っている(TJB2004年12月号http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol3No12/index.html)。将来的には,TJB 2005年5月号(http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol4No5/index.html)で武原信正氏が指摘されているように,「サイエンス・コミュニケ―ター」という語に落ち着くことと思われるが,定着までにはまだ多少の時間を要するだろう。

会社員かフリーランスか

 科学ジャーナリストはその勤務形態から,新聞社,出版社,テレビ局など会社組織に属する「会社員ジャーナリスト」と,「フリーランス」に大別される。日本の場合,ちゃんと暮らしていけるだけの収入がある科学ジャーナリストは会社員であることが多い。

 夫は米国科学誌『Science』のニュース部門に勤めているが,結婚当初から常にフリーランスになりたがっている。数年前その話を聞いた我が母は「それはリチャードはヒッピーになるっちゅうことか?」と聞き返してきた。そういう家族の不理解(=暗黙の反対)もあり,彼はいまだにフリーランスになれずにいる。

 いずれにせよフリーランスで食べていくのがきついのは事実である。フリーランスの場合,雑誌の記事でも書籍にしても,自分で「こういう記事を書きたい」と編集部に売り込みにいって仕事が得られることは,ほとんどない。この点は,TJB 2002年11月号の浦山毅氏の記事に詳しい(http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol1No3/index.html参照)。

 記事の企画はたいていが編集部主導であり,外部への記事執筆の依頼はいまだに「くちコミ」が主流である。最初は,誰か編集部につながりのある人の紹介を通じて仕事を得て,その仕事に編集部が満足したらさらに仕事が来るし,他の媒体への紹介もしてもらえるようになる。しかしこの場合,最初の仕事を取るまでが大変である。何の実績もない人へは,編集部としても仕事を依頼するのを躊躇する。

 現在フリーランスとして仕事をしている人も,最初は会社勤めをして経験を積み,その後退職し,勤務時代の人脈を通じて仕事を得たり,退職後独立し自分で編集会社を立ち上げていたりという場合が多い。会社員時代に,自分の得意分野が確立でき,まわりにもそれと認められていると,フリーランスになっても強みになる。

 ということで,よほど才能があると自負するかバイタリティのある人以外は,大学を卒業していきなりフリーランスの科学ジャーナリストを目指すのではなく,最初はどこかの会社組織に属することをお勧めする。どういう仕事でも,会社勤めを数年間した経験があると,それだけで社会的な信用度が高まるというのも,また現実である。

棲息場所による分類

 科学ジャーナリストをその棲息場所により分類すると,新聞,雑誌・書籍,テレビに大別される。最近は,この他にウェブサイト(オンライン)という新たな棲息場所も登場しておりTJBもこれに属するが,これは「文字」を使う点から,新聞あるいは雑誌に準じる。放送分野については内情に通じていないので,ここでは多少なじみのある出版分野について紹介する。

 編集部(社員)の仕事の内容には大きく分けて2種類ある――原稿を書く「執筆」か,それを直す「編集」か,である。たとえば『ニュートン』や『日経サイエンス』(米国誌『Scientific American』日本語版)は,記事を書くのは原則として「大学の先生」で,社員の主な作業は編集である。新聞だとニュースは社員(記者)が書いている。中間型が『National Geographic』や『Nature』,『Science』(ニュース欄)で,社員(staff writer)が書いたものとフリーランスが書いたものが混じっている。

 編集者の仕事には,記事自体の編集作業のほかに,写真集めやイラスト作成も含まれることが多い。写真は著者から提供されることもあるし,カメラマンを派遣し撮影する場合や,写真エージェントを通じて,記事に合った既存の写真を探すこともある。イラストはイラストレーターが描くわけだが,科学イラストの場合,正確さ,わかりやすさが要求されるので,著者(大学の先生),デザイナー,イラストレーター,記事担当編集者が協力してイラストを作り上げていく。必要な資料集めも編集者の仕事だ。

 自分が時事的な科学ニュースを書きたいのか,編集担当としてまとまった記事や書籍を企画してじっくり作り上げていきたいのかによっても,就職先は選ぶ必要がある。前者の場合は新聞社が適しているだろうし,後者ならば出版社がよいだろう。

定住型か移動型か

 新聞や雑誌に原稿を書く記者の場合も,その生活形態で二分される。『Science』ニュース部門の場合,ワシントンDCの本部にいる記者は,たいてい生物学や天文学など一分野ごとを担当して記事を書くが,海外にいる記者はその担当地域の科学全般をカバーすることが多い。

 夫の友人ボブは前者のタイプだ。彼は『Science』ワシントンDC本部でずっと化学・材料科学分野のニュースを担当してきたが,数年前からは出身地であるオレゴン州に家族揃って引っ越し,今は自宅勤務の形で記事を書いている。研究者へのインタビューは主に電話とEmailで行う。年に数回,学会取材にでかけるが出張も少ない。都会を離れた広々とした環境で,家族,愛犬と落ち着いた暮らしを満喫している。

 一方,夫の場合は,英国在住時はヨーロッパ全体と近隣諸国(アイスランドから中東,旧ソ連圏まで)を,今はカザフスタンで中央アジア諸国+旧ソ連圏,中東,東南アジア,今年秋からはタイに移住し,中東からアジア全域と豪州,と広地域にわたり科学全般のニュースを担当する。自然,国外出張が多く,1カ月に3日しか家にいない,という場合もあるので,家族は迷惑する。数年に1度は引っ越しの生活で,いつまでたっても仮住まいで,犬も飼えない。
 科学ジャーナリスト(記者)を目指すなら,自分が定住生活型か移動放浪型かを見極めることも大切だ。

生態観察を現場で

 以上,かなり勝手な個人的解釈に基づき紹介した。これに一致しない場合が多いことを御了承願いたい。雑誌と一概に言っても,個々の雑誌で仕事の進め方もシステムもまったく異なる。

 米国ではインターンシップの慣習が定着していて,大学卒業後の夏休み,就職を決める前に,いろいろな媒体で1週間〜1,2ヶ月,インターンという形で働いてみることができる。通常,賃金は「すずめの涙」程度だが,自分に向いた職場を探すことができる。会社側も学生を吟味できるというメリットがあり,優秀なインターンには「社員に」という声がかかる。

 日本にはまだこのシステムはないが,東京ではマスコミでのアルバイト経験を経て就職につなげている人も多い。マスコミ各社は東京に集中しており,筑波大生は地理的に不利ではあるが,もし夏休みなどにアルバイトとして働くことができるなら,トライしてみてはどうだろうか。アルバイトの一般募集を待つのでなく,個々の編集部に電話してみるのが一番だ。編集部には,コピー取りや資料集めなどの雑用が,たいていの場合,山とある。学類や研究室の先輩が就職していたら頼んでみるのも一案である(面識がなくとも,筑波大の先輩は面倒をみてくれると信じよう。ただし先輩に迷惑をかけないよう,きちんと働くこと)。東京に宿泊先があればベストだが,つくばエキスプレスが開通すれば,通うのも可能だろう。科学ジャーナリストなる生物を間近で生態観察する絶好の機会である。  

Communicated by Isao Inouye, Received June 3, 2005.

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