つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200716

黄色ブドウ球菌の巨大蛋白質Ebhによる耐塩機構の解析

青木 亮(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:太田 敏子(筑波大学 人間総合科学研究科)

[目的 導入]
 黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureusは、ヒトの表皮・鼻粘膜に常在し、病院内においては高度薬剤耐性化(methicillin-resistant S. aureus)し、未だ問題になっている病原菌である。 表皮・鼻粘膜といった乾燥した環境に常在できることからブドウ球菌属は全般的に塩耐性を示し、中でも黄色ブドウ球菌は2M NaClの存在下でも増殖が可能である。
 網羅的マイクロアレイ解析による転写調節解析において、塩特異的に転写増強する遺伝子候補としてebhが見いだされた。 Ebhは類を見ない1.1MDaの超巨大蛋白質である(fig.1)。 Ebhは40リピート以上もの多糖結合ドメインを有すことからそれらのドメインが細胞壁の多糖に結合することにより菌体の構造を安定化させる可能性が示唆される蛋白構造と局在性を有していた。 そこでEbhが高塩濃度下での黄色ブドウ球菌の生存に関与していないか解析した。

[材料 方法]
・ノーザンブロット解析
 マイクロアレイ解析の再現性を得るために2M NaCl, 2M KClをそれぞれ含むBHI液体培地とpH9のBHI液体培地を作成し、それらの培地に黄色ブドウ球菌を10分さらした後それぞれの処理を施した菌から採取したRNAを用いノザン解析を行った。 プローブはebh遺伝子の中から選んだ1kbの領域と、さらに比較コントロールとしてsigB制御下の遺伝子であるasp23の一部をPCRで増幅、精製後プローブとして用いた。

ebh変異株の作成
 ebhを失うことによる黄色ブドウ球菌の形質の変化を観察するためにebhの中の約1kbの領域を自殺ベクターpKIL1(テトラサイクリン耐性マーカーを含む)にクローニングし、一回相同組み換え法により親株RN4220からのebh変異株(ebh::tet)を分離した。 またその変異をファージトランスダクションによりNCTC8325株へ形質導入し、NCTC8325株からも(ebh::tet)を分離した。

・Killing assay
 高塩濃度下におけるebh野生株とebh変異株の生存率を比較した。 RN4220(ebh野生株)とRAM4_E2(ebh変異株)を5M NaClに一定時間さらした後10倍の段階希釈を作りミュラーヒントン寒天培地に撒きコロニー数を計測して生存率を比較した。
 Killing assayを行った際、試験菌株が高塩濃度により菌凝集を起こしやすくなり、正確な生存率を測定するために定量的PCRを応用した菌数測定を試みた。 試験菌株の培養液をOD600=0.3(108CFU/ml)に希釈し10倍の段階希釈を作った後、それぞれをBHI液体培地で培養した。 対数増殖期(OD600=0.2)に至るまでの培養時間を測定することで、菌濃度と培養時間との検量線を作成した。 4M NaCl処理を0min, 20min, 60min, 120min行い、15倍量のBHI液体培地を添加し、対数増殖期(OD600=0.2)にまで要する培養時間から生存菌数を計算し、その生存率を算出した。

[結果 考察]
 ノザン解析の結果ebhはNa塩ストレスを与えた時のみ転写増強が見られ、対照的にglobal stress response regulatorであるSigB制御下のasp23はその他ストレス(アルカリpH)に対しても転写増強していた。 SigBは様々なストレスによって生じるATP枯渇がシグナルとなるが、ebhの転写応答のようにNa塩ストレスに特異的である点について、高塩濃度耐性に関与していることを示唆する結果を得た。 Killing assayによる高塩濃度下での生存率は、ebh変異株のほうがebh野生株よりも死滅する傾向が見られ、Ebh欠損により一過性の高塩濃度に耐えることができない事を示す結果になった。 これまでに明らかになっている黄色ブドウ球菌の耐塩機構として、osomoprotectants (Proline, Glycine-betaine, Trehalose) 生合成系が挙げられる。 これらosmoprotectantsによって細胞内の水分を保持し、高塩濃度による脱水作用から適切な水分量を維持している。 この機構は長期的な耐塩性に貢献していると考えられているが、瞬時における高塩濃度ストレスには対応しきれないものと推察される。 これに対しEbhは一過性の高塩濃度による脱水作用で、原形質分離(細胞壁と細胞膜の遊離)が生じるのを防ぐものと推察され、細胞内水分バランスの維持のみならず、即時に対応するための物理的な構造維持機構を有している可能性がある。 今回の一連の実験においてEbh欠損株の方が高塩濃度下でより死滅しやすかったことから、Ebhにより細胞構造を物理的に維持している可能性が示唆された。


©2006 筑波大学生物学類