つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200718
ショウジョウバエ触覚葉投射神経におけるhomothorax遺伝子の機能解析
安藤 舞(筑波大学 生物学類 4年) 指導教員:古久保-徳永 克男(筑波大学 生命環境科学研究科)
【背景と目的】
神経ネットワーク構築メカニズムを解明することは神経発生研究の課題であり、この優れたモデルとしてショウジョウバエ嗅覚神経系が知られている。
嗅覚神経系において触覚葉投射神経は嗅覚一次中枢“触覚葉”から二次中枢“キノコ体・側方角”へと匂い情報を伝える介在神経として機能している。
個々の投射神経は基本的に1つの特定の糸球体(糸球体:触覚葉の構造単位)に対して樹状突起を投射する。
そしてキノコ体と側方角に軸索を投射し、そこでは糸球体クラス特異的な分岐パターンを示している。
このように投射神経の接続性について明らかになってきてはいるが、その発生機構については不明な点が多い。
当研究室で行われたスクリーニングにより、ホメオボックス遺伝子homothorax(hth)にコードされる転写因子が投射神経において発現していること、投射神経でhth遺伝子を機能欠失させると投射神経の形態に異常が現れることが発見され、投射神経の正常発生にhth遺伝子が関与することが予測された。
そこでショウジョウバエ触覚葉投射神経におけるhth遺伝子の機能解析を目的とし、以下の実験を行った。
【方法】
■GAL4-UASシステムによる投射神経の可視化
GAL4-UASとは酵母転写因子GAL4とその標的配列UASを用いた発現制御システムであり、導入遺伝子を特定の時期・組織で発現させることができる。
GH146は投射神経で発現するGAL4系統であり、UAS-GFP系統と組み合わせた個体“GH146>UAS-GFP”では投射神経をGFPで可視化できる。
これを共焦点顕微鏡によって観察した。
■MARCMによる変異体の作成
MARCMとはGAL4-UASシステムと体細胞組換えを利用したモザイク解析法である。
これにより一部の細胞集団だけで目的遺伝子を欠失、強制発現させることができる。
今回のhth機能欠失実験では一部の投射神経のみにhth変異遺伝子 & GFP発現constructを導入、hth過剰発現実験ではhth強制発現construct & GFP発現constructを導入した。
■タンパク発現パターンの解析
抗体染色によって観察対象のタンパクを蛍光標識し、共焦点顕微鏡によって観察した。
【実験と結果】
@野生型でのHth発現パターンの観察
野生型各ステージでHthについて抗体染色を行った。
投射神経でHthが発現していることを確認できた。
Ahth機能欠失型(hth-/-)・hth過剰発現型投射神経の表現型観察
MARCMによって変異体を作成し、投射神経を細胞集団レベルさらには単一細胞レベルで観察した。
(1)hth-/-投射神経では触覚葉への樹状突起の投射パターンに異常が見られ、触覚葉の糸球体構造が若干崩れていた。
また、野生型では投射神経の軸索がキノコ体・側方角まで一束にまとまって到達する様子が観察されるのだが、hth-/-では軸索の束化が不完全であった。
そして、側方角における軸索終末の分岐パターンはhth-/-では崩れ、野生型に比べ分岐の数が増えていた。
とりわけ強い異常を示すものではキノコ体・側方角以外への異所投射や、脳の正中線を越えて反対側の側方角への異常な投射が見られた。
(2)hth機能獲得型投射神経は全体の印象としては野生型と同様であったが、単一細胞レベルで観察したところ側方角における分岐パターンに異常が見られた。
Bhthと相互作用して投射神経発生に働く因子の探索
hth以外にも投射神経の投射パターン異常を示す変異体がある。
acj6は転写因子をコードする遺伝子であり、acj6-/-投射神経は投射パターン異常を示すことが報告されている。
そこで今回はhthとacj6の遺伝的相互作用の有無を検証した。
野生型各ステージで抗体染色を行い、投射神経でAcj6とHthが共発現していることを確認できた。
次にhth-/-投射神経で同様に抗体染色を行ったところ、hth-/-に伴うAcj6発現パターンの変化は見られなかった。
acj6-/-に伴うHth発現パターンの変化も見られなかった。
このことからhthもacj6も互いの発現の制御には関与していないと考えられる。
現在、二重変異体による遺伝的相互作用の検証と、GST-プルダウン法によるin vitroでの物理的相互作用の検証を視野に入れて準備を進めている。
また、acj6以外の因子についても探索中である。
©2006 筑波大学生物学類
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