つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200720

イモリ嗅細胞における匂い応答の蛍光プローブを用いた解析

五十嵐 幸子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中谷 敬 (筑波大学 生命環境科学研究科)

導入
 嗅覚は揮発性物質が嗅細胞に化学的刺激を及ぼすことによって生じる化学感覚である。
 嗅細胞は嗅上皮内に位置している双極性の神経細胞で、そのdendriteの先端は嗅上皮から嗅粘膜中に突出している。 その先には嗅繊毛が生えており、嗅繊毛上に高密度に存在している匂い物質の受容体に匂い物質が結合し、ここで匂い情報が電気信号に変換される。 匂い物質が嗅覚受容体と結合するとGTP結合タンパク質を介してアデニル酸シクラーゼが活性化される。 その結果細胞内cAMP濃度が上昇してイオン非選択性陽イオンチャネルであるCNGチャネルを開口し、Na+やCa2+が細胞内へ流入する。 流入したCa2+はCa2+活性化Cl-チャネル(CACチャネル)を開口してCl-が細胞外へ流出し、これらの電流の結果嗅細胞の電気的な興奮が生じる。 ここで発生した電気信号は遅電位性の受容器電位であるため長い神経線維を通って脳へ情報を伝えることができない。 そこで、嗅細胞はこの電位変化を感知して開閉するイオンチャネルを開き、活動電位を発生する。 この活動電位が軸索を通り嗅球を経て情報を脳へ運ぶ。 この匂い受容システムの機構は、哺乳類、両生類、爬虫類など異なった動物種においても広く共通と考えられている。
 また、匂い物質は嗅細胞で興奮性応答と同様に抑制性の応答を誘発すると報告されている。 この抑制性応答は、ある匂い物質による嗅細胞の興奮を抑制するという形で観察され、興奮を起こした匂い物質と同じ匂い物質による抑制と、違う物質による抑制が報告されている。 この抑制はマスキングや脳での匂いの再現に関係していると考えられており、CNGチャネルを匂い物質が阻害することによるとも提唱されているが、詳細な細胞メカニズムは不明である。 そこで本研究では、嗅細胞での匂い物質による抑制性応答の解明を目指し、蛍光プローブを用い匂い刺激を受けた嗅細胞内のCa2+の変化を測定することで、嗅細胞の応答を解析した。

材料・方法
<嗅細胞単離>
 材料にはアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)を用いた。 イモリを断頭した後、Ca2+, Mg2+ freeのRinger液中で解剖し、嗅上皮を取り出した。 摘出した嗅上皮を35℃の7mg/mlコラゲナーゼ溶液中に10分置き、Ringer液で洗浄した後、ピンセットで機械的に細かくし0.5μg/lのDNAse溶液に移し、室温で10分間置いた。 これをパスツールピペットで2-5回ピペッティングして単離嗅細胞標本を得て、polyornithineでコートしたチャンバーに入れて固定した。
<Ca2+ Imaging>
 単離した嗅細胞が入ったチャンバーに5μMとなるようCa2+感受性蛍光プローブFura-2を加え、細胞内にロードした。 この細胞を高速Caイオン濃度測定システム(浜松ホトニクス)を用いて蛍光測定した。 Fura-2の340nm, 380nmの励起光による蛍光強度の比率(340nm/380nm)の変化を測定し、これから細胞内のCa2+濃度変化を測定し、細胞の応答を観察した。 匂い物質としてodorant cocktail(0.05%n-amyl acetate, iso-amylacetate, cineole, limonene )、各々1mMのanisole, n-amyl acetate, iso-amylacetate, cineole, limonene, isovaleric acidを用い、刺激は蛍光顕微鏡下で還流装置を用いて行った。

結果・考察
 単離嗅細胞のodorant cocktailへの応答の一例を図1に示した。 Fura-2はCa2+と結合することで蛍光特性を変化させ、また340nmと380nmの励起光に対して異なる蛍光強度を示す。 この2つの蛍光強度の比(ratio)を採ることでFura-2濃度の影響を除いたCa2+濃度による変数を得ることができる。 Fura-2のratioはodorantを加えると上昇して刺激後約1.2secでピークとなり、その後低下した。 このことから、odorantにより細胞内のCa2+濃度が上昇したと考えられる。 また、dendriteと細胞体のratioをそれぞれ測定すると、dendriteよりも細胞体の方がピークに達するまでの時間が遅くなっていた。 これは、匂い刺激により嗅繊毛上のCNGチャネルが開口してCa2+が流入し、その応答が細胞体へと伝わったためだと考えられる。
 今後は、同時に複数の細胞を観察できるなどのimagingの利点を活かし、嗅細胞における匂い物質による抑制性応答に関する解析を進めていきたい。


図1 単離嗅細胞の匂い物質に対する応答
最初の矢印(↓)は刺激を与えたタイミング、2番目の矢印はwash outのタイミング。

    
©2006 筑波大学生物学類