つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200721

マイクロダイアリシス法を用いたラット脳内モノアミン濃度動態解析

井口 隼人(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:成田 正明(筑波大学大学院人間総合研究研究科)

<導入と目的>
 マイクロダイアリシスはフリームービング状態での細胞外モノアミン濃度を測定する方法として用いられてきた。 今回の研究では以下の二つの病態・状態でセロトニン、ドーパミンなどのモノアミン動態解析を行った。
a)  自閉症モデルラットのモノアミン動態解析
 私たちの研究室で作成してきた自閉症モデルラットは延髄縫線核(セロトニン神経の起始核)の分化発生異常を呈し、自閉症病態解明に用いられてきた。 一方、延髄には呼吸中枢も局在し、その呼吸中枢の未熟性が発症要因とされるSIDS (乳幼児突然死症候群) の病態解明にも本ラットは有用である可能性がある。 SIDSは延髄呼吸中枢未熟性のため睡眠時の無呼吸からの回復過程の遅延によって発症するとされているが、これは無呼吸によって引き起こされる高炭酸ガス血症に対する反応性の低下とも考えられているが詳細は不明である。 今回の実験では高炭酸ガス血症状態のひとつのモデルとして延髄をアシドーシス状態(Phの低い状態)とし、マイクロダイアリシス法を用いて縫線核の細胞外セロトニン系の動態を解析することを目的とする。
b)  新規神経ペプチド“マンセリン”のドーパミン放出作用
 私たちの研究室では、セクレトグラニンUから限定分解を受け生成される40アミノ酸からなる新規の神経ペプチド“マンセリン”を発見した。 マンセリンペプチドは視床下部・下垂体・副腎系のいわゆるHPA axisに局在しておりストレス呼応システムに関与している可能性があるが詳細は解明途上である。 過去の報告ではセクレトグラニンUから分解される類縁ペプチド(セクレトニューリンやEM66)にドーパミン放出作用があることが知られており、マンセリンペプチドにもまたドーパミン放出作用がある可能性がある。 そこで、今回は同様にマンセリンでのドーパミン放出作用をマイクロダイアリシス法にて計測した。

<方法>
 Wistar系成熟ラット(雄)、自閉症ラット(雄)を麻酔下脳固定器に固定し、延髄縫線核(Bregmaから、A:-11.0mm、L:0mm、V:-10.8mm)及び、右側線条体(Bregmaから、A:0.2mm、L:-4.0mm、V:-6.0mm)に微少透析プローブを挿入しデンタルセメントで固定。 2日間安定の後リンゲル液を流速2μl/minで灌流し、その灌流液のモノアミンを5分ごとにHPLC-ECD法で定量した。 実験 aではピーク安定後、pH=4に調整したリンゲル液に切り替え、実験bでは、ピークの安定後、マンセリンペプチドを腹腔内投与し、その後の動態を見た。

    

<結果と考察>
a)  対照群と比べて自閉症モデルラット群では細胞外セロトニン濃度が低下していた。 この細胞外セロトニン濃度の低下はヒト自閉症の病態から予測されるもので、この結果はセロトニン系の自閉症のへの関与を支持するものである。 また、pH変化によるセロトニンの動態は、pHの低い状態、つまり高炭酸ガス血症で対照群では減少するものの、自閉症ラットでは大きな変化はみられない。 これは自閉症ラットが縫線核未熟であり、二酸化炭素濃度を感知する化学受容器異常があるのが考えられる。 このことを用いてSIDSの原因に縫線核異常の関与が解明できるかもしれない。
b)  対照群と比べて、マンセリン投与群では細胞外ドーパミン量の増加が見られた。 これはマンセリンペプチドが、細胞内へのドーパミンの再取り込みを阻害しているのか、細胞内から細胞外への放出を促進しているのか、またはその両方が考えられる。 セクレトグラニンUから分解される他のペプチドと同様の働きを持つという事は、既に知られているセクレトニューリンやEM66などのような作用がある可能性もあるので、今後の検討が必要である。


©2006 筑波大学生物学類