つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200722

雌雄異株植物アオキ (Aucuba japonica) の空間分布と開花量が
繁殖に与える影響

石田 千香子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:大橋 一晴(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景と目的>
 植物は、自ら交配相手を求めて移動できないため、個体の空間配置つまり交配相手との距離や数の差が個体の繁殖成功に大きな違いをもたらすと考えられる。周りの開花個体が多いほど個体はより多くの交配相手をもつことができるだろう。また、ポリネーターの誘引という点からも周辺開花個体が多いことは有利にはたらくかもしれない。
 しかし一方で、周りに開花個体が多いことには不利益が生じる可能性がある。例えば、開花個体あるいは花の密度が高い場所には、ポリネーターだけでなく食害昆虫も誘引されるかもしれない。また、果実を成熟させる時期には多くの資源が必要とされるため、近くに開花個体が多いことで資源をめぐる競争が激しくなる可能性もある。
 雌雄が個体間で完全に分離した雌雄異株植物では、繁殖過程における個体の空間分布の影響が特に重要である。まずこれらの植物では、近接個体が同種であってもそれが異性株でなければ交配相手となりえない。近接個体が異性である確率は 0.5であるから、必然的に交配相手との距離が長くなる。第2に雌花はポリネーターの餌資源である花粉をもたないので、単独では誘引効果が低いかもしれない。第3に種子食害昆虫は雌花のみに産卵するので、雄株よりも雌株の多い場所に集合するかもしれない。また第4に近接個体が雌株のときには、雄株のときよりも果実成熟期の資源をめぐる競争が激しくなると予想される。
 そこで本研究では、成育密度が異なるアオキの2集団について、個体の空間分布と繁殖成功の関係を調べ以下の問いに答えることを目指した。
1)雌花あたりの受粉成功率は、周りの雄あるいは雌花の密度に伴ってどのように変化するか?
2)雌花あたりの果実寄生率は周りの雄あるいは雌花の密度に伴ってどのように変化するか?
3)雌花あたりの果実成熟率は周りの雄あるいは雌花の密度に伴ってどのように変化するか?
4)これらの傾向は、2つの集団間でどのように異なっているか?

<材料>
 日本の温帯に広く分布する雌雄異株植物ミズキ科アオキ(Aucuba japonica )を用いた。アオキは4月から5月にかけて開花する。主な訪花者は移動範囲がそれほど広くないと言われている、訪花植物種が専門化していない小型の双翅目である。また,成熟途中にアオキミタマバエの寄生をうけた果実は種子の発達を阻害され虫えいを形成するが,翌年春にアオキミタマバエが羽化するまで株上に残っている。

<方法>
[空間分布の測定]
 調査は大学構内のアオキの2集団を用いて行った。落葉広葉樹と常緑広葉樹の林床に15m×30mの調査区を1つずつ設け、調査地A・調査地Bとした。調査区内の各個体について、調査地内でのx座標・y座標を測定した。まず、調査地を16等分割し、区画内の雄花序・雌花序の数を各雌の繁殖環境として評価した。また、雌株の周りの雄株の分布パターンを調査地間で比較するため、異性の平均こみあい度/平均密度(区画あたりの平均異性個体数の指標)が区画面積に伴ってどのように変化するのかを調べた。
[雌繁殖成功の測定]
 雌株毎に受粉成功(ステージ1)と結実成功(ステージ2)を調べるために、雌株について各花序あたりの花数を開花期に数え、残存果実数を定期的にカウントした。全く肥大せずに脱落する胚珠が多く観察された6/19までをステージ1とし、この期間の胚珠脱落の原因を花粉制限によるものとした。それ以降を果実成熟段階のステージ2とした。ステージ1の成功度は初期花数と受粉成功した花数の割合で求めた。ステージ2の成功度は、ステージ1で受粉成功した花数と健全果実数の割合で求めた。アオキミタマバエの寄生については12月に残存果実を割って寄生の有無を確かめた。各個体あたりの寄生数は株あたり残存果実数に対する寄生果実数の割合で求めた。

<結果>
[調査地間の比較]
・ステージ1においては個体あたり受粉成功の割合には調査地間で差はみられなかった。
・ステージ2においては調査地Bの方が個体あたり健全果実の割合が高かった。
・アオキミタマバエによる個体あたり寄生果実の割合は調査地Bの方が低かった。
・平均込みあい度/平均密度の変化パターンから、雌個体周辺に雄個体が小集団を形成して集中する傾向は調査地Aでより顕著にみられた。
[各雌株の繁殖環境と成功度の関係]
・ステージ1においては、調査地Aでは、区画内雄花量の増加に対して受粉成功は増加を示さなかった。一方、区画内雌花量の増加に対して受粉成功が高くなる傾向がみられた。調査地 Bでは、区画内雄花量の増加に対して受粉成功の割合が低くなる傾向がみられた。区画内雌花量の増加に対しては受粉成功は増加を示さなかった。
・ステージ2に関して、調査地Aでは区画内雄花量の増加に対して有意な関係はみられなかった。一方、区画内雌花量が多いほど健全果実数が多くなる傾向がみられた。調査地Bでは区画内雄花量,区画内雌花量が多いほど健全果実数が少なくなる傾向がみられた。
・アオキミタマバエの雌花あたりの寄生率については調査地Aでは区画内雄花量の増加に対して寄生率の増加を示さなかった。一方、区画内雌花量の増加に対して寄生率が高くなる傾向がみられた。調査地Bでは、区画内雄花量、区画内雌花量の増加に対して寄生率が増加する傾向はみられなかった。

<考察>
 個体密度の異なる調査地間で、送粉成功率(ステージ1)の違いは見られなかった。一方、果実成熟率(ステージ2)については個体密度の低い調査地で高かった。また、果実に対する寄生率は個体密度の高い調査地で高かった。このことから、今回の調査地では、個体密度の送粉過程に対する影響はみられなかったが、繁殖ステージを通してみると個体密度が高いことで寄生率の増加をもたらし成功度に負の効果をもたらした可能性がある。
 また、調査地内の雄花の局所密度と繁殖成功の関係は調査地間で異なっていた。この要因について検証するためには調査地間の比較だけでなく、調査地内で局所密度の効果がもたらす影響について調査する必要がある。なぜなら、送粉過程やアオキミタマバエの寄主選択におよぼす局所的な花密度の効果が、調査地全体の生育密度によって変化する可能性も考えられるからである。調査地全体の空間分布または生育密度が、交配相手との距離、競争相手の数や局所的な花密度の効果を変化させる要因として、ポリネーターの種類とその行動、数、光や土壌養分、アオキミタマバエの行動などが関係することが考えられる。そのためこれらの要因と調査地全体の空間分布または生育密度との関係を調査地ごとに調べる必要があるだろう。


©2006 筑波大学生物学類