つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200723

マウス胚性幹細胞におけるレトロウイルスベクターの染色体挿入部位の同定

石原 千愛 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:小野寺 雅史 (筑波大学 人間総合科学研究科)、須磨崎 亮 (筑波大学 人間総合科学研究科)

【背景・目的】
 レトロウイルスベクターは、分裂細胞において高い遺伝子導入効率を示し、またベクターそのものが宿主染色体に組み込まれるため、長期にわたり導入遺伝子の発現を維持するという特長をもつ。その一方で、ベクターは活性化遺伝子の近傍にランダムに挿入されるため、組み込まれた部位によっては周囲の遺伝子の発現に影響を及ぼし、時に腫瘍を発症する危険性も有している。実際、2000年にフランスで行われたX連鎖性重症複合免疫不全症に対する遺伝子治療において、使用したレトロウイルスベクターが原癌遺伝子LMO-2近傍に挿入され、複数の患者において白血病が発症したとの報告もある。我々も同様のことを観察しており、当教室で開発したgene silencing抵抗性レトロウイルスベクターGCDsapにて蛍光色素タンパクenhanced green florescent protein(EGFP)遺伝子を導入した胚性幹細胞より作成したキメラマウスにおいてB細胞系リンパ腫(B220陽性、IgM陽性)が発症した。その腫瘍発症が一系統のマウスにおいてのみ観察されたことから、今回の腫瘍発症はレトロウイルス感染という一般的な事象に起因するのではなく、腫瘍発症マウスにおいてベクター挿入部位の近傍遺伝子がベクター挿入により発現異常を生じた結果として腫瘍が発症したと考えられた。そこで、本研究ではリンパ腫を発症したマウスのベクター挿入部位を同定するPCR(liner amplification mediated-PCR:LAM-PCR)を行い、挿入部位の近傍遺伝子群と腫瘍発症との関連性を検討した。

【方法】
 今回、B細胞リンパ腫を発症したマウスの染色体内ベクターコピー数と挿入部位を解析するため、腫瘍を発症したマウスの骨髄および脾細胞を用いてSouthern blot解析とLAM-PCRを行った。
1. Southern Blot analysis:
骨髄、脾細胞よりDNAを抽出し、ベクターを一カ所で切断するBamHIで消化後、1% アガロースゲルで電気泳動してナイロンメンブレンにブロットした。使用したprobeはEGFP cDNAである。
2. LAM-PCR:
(1) 抽出したDNAを鋳型に、ウイルスの5’LTRの配列を基に逆向きに作成したprimerを用いて5’上流へとprimer extensionを行った。この際使用するprimerはあらかじめビオチン化し、得られたPCR産物をアビジン・ビーズで回収した。
(2) 回収したPCR産物にnested PCR用のlinkerをligationし、これらlinkerに対するprimerと、primer extensionの際に用いたprimerよりさらに5’側のLTR配列を基にしたprimerを用いて、ベクター特異的なPCR産物を増幅した。
(3) 得られたPCR産物を電気泳動し、ゲルより回収した後、大腸菌にtransformationしてPCR産物をclone化し、その配列を決定した。 (4) これら配列をマウスゲノム情報を基に解析し(NCBI http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)、ベクターの染色体挿入部位を決定した。

【結果・考察】
1) ベクターコピー数:Southern blot解析の結果、プローブであるEGFPcDNAに結合したバンドは3本であった。したがって、マウス染色体に挿入されているベクターのコピー数は3であると考えられた。
2) 挿入部位の同定:現在までのLAM-PCRの結果では、ベクターは3番と16番染色体に挿入され、特に16番染色体においてはdopamine receptor 3 (Drd3)の第2イントロンに逆向きに挿入されていることがわかった。一方、3番染色体の挿入部位近傍には同定されている遺伝子群は存在しなかった。
 今回の結果から、Drd3の遺伝子領域に挿入されたベクターが何らかの機序でDrd3の発現を変え、それがBリンパ腫発症に繋がった可能性が示唆された。以上のことから今後は以下の実験を行うことで挿入部位近傍遺伝子と腫瘍発症の関連性を解析する。@同定されていない挿入部位を決定する。 A腫瘍細胞においてDrd3の発現が正常リンパ球と比較して増加しているかをRT-PCRやwestern blot法にて解析する。 B上記Aにて発現量の増加が確認されれば、レトロウイルスベクターを用いてDrd3遺伝子を骨髄細胞に強制発現させ、実際にBリンパ腫が発症するかを検討する。

 


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