つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200724

大型藻類の保有する生元素の動態とその物質循環における意義

市川 裕子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:濱 健夫(筑波大学 生命環境科学研究科)

導入・目的
 沿岸域の浅海海底上に広がり、藻場、海中林と呼ばれる大型藻類の群落は、沿岸域の主要な生産者である。しかしながら、大型藻類が生産した有機物の動態に関する生物地球化学的研究は、これまでほとんど行われていない。静岡県下田市大浦湾志太ヶ浦の底深1〜4m付近にはホンダワラ科に属するオオバモクSargassum RinggoldianumやイソモクSargassum hemiphyllumを中心とするガラモ場が、それより深い海底にはコンブ科に属するカジメEcklonia cavaやアラメEisenia bicyclisが形成する海中林が広がっている。ホンダワラ類は生殖器床を形成し、成熟すると、成熟した部分が枯れ、主枝から切れるなどして、個体の大部分が流出し、流れ藻として長期間、長距離を漂流する。カジメ、アラメの群落では、波浪等の外部環境を受けることにより、個体の流出が生ずる。この様なカジメ、アラメの流失個体は、葉状部を失った状態で浜辺に打ち上げられている様子がよく観察されている。その一方で、陸に打ち上げられない流出個体の存在も予想され、その場合には、流出個体の持つ有機物が、藻場以外の生態系に輸送されていることになる。本研究では、大型藻類の藻体の流失により、外洋、更には海洋中・深層へ輸送されると予想される有機物量の見積もりに際して、その基礎となる知見を得ることを目的とした。

方法
 流失した大型藻類起源有機物の動態の知見を得るために、カジメ及びオオバモクの分解実験を行った。この実験に用いたカジメ及びオオバモクは、静岡県下田市大浦湾志太ヶ浦において、2005年11月1日に素潜りにて採集した。藻体の湿重量を測定した後、1個体ずつネットに入れ、光の透過性を変える為、大浦湾鍋田沖の水深1m以内もしくは約4mに吊下した。吊下日(11月1日)から12月4日までの33日間放置し、その間の3日後と実験終了時に藻体を回収した。
 志太ヶ浦におけるカジメ場及びガラモ場のバイオマスを知る為に、無作為に設置した50cm×50cmのコドラート4箇所を坪刈り採集し、湿重量(カジメ場の場合には個体数及び葉状部、茎の長さも含む)を測定した。また、分解実験に用いた藻体と比較するために、コドラート調査で得られた藻体を利用するとともに、志太ヶ浦の岩場に打ち上げられていたカジメ及びホンダワラ類も採集した。
 採集及び回収した藻体は湿重量を測定し、風乾させた後、60〜80℃で48時間乾燥させ、 乾重量を測定した。乾燥藻体は、粉末にし、大型藻類の主な生元素である炭素、窒素、リン含有量を測定した。炭素、窒素は元素分析計、リンは硝酸:過塩素酸=3:1で蒸解した後、吸光度計を用いて、測定した。

結果・考察
 分解実験3日後の藻体は採集したものと視覚的違いを感じる部分は見受けられなかった。カジメの場合、33日後の藻体は葉状部が完全に消失しているか、今にも離れてしまいそうなものがわずかに残っているかの状態だった。これは浜辺に打ち上げられ、よく目にする形状でもあった。オオバモクの場合は、枝の部分が残っているのみで、その枝さえも脱色されつつあった。
 そして、海藻種、光の透過性に関わらず、3日後には3%前後とわずかではあるが、湿重量の増加が見られた。一方、33日後には湿重量は実験前の50%以下にまで低下した。実験中、魚に食いちぎられることを避ける為、ネットの網の目は1mm×1mmに満たないサイズにした。そのため、藻体の損失部分はネット内においてバクテリアなどによる分解を受け、溶存態もしくは懸濁態の形で流出したと考えられる。現在、33日後及び打ち上げられていた藻体の生元素を定量中であるため、両者については結果が得られていない。
 3日後に回収した藻体の乾重量1gあたりの生元素量は実験により変動することはなかった。33日後に回収した藻体の生元素量も変動しないと仮定すると、流失した藻体が約1ヵ月漂流することで、群落を構成していた時の重量の半分量の有機物を海洋へ供給することになる。志太ヶ浦におけるガラモ場、カジメ場の群落面積はそれぞれ3859.8m2(三上、2003)、及び85059.67 m2である。これにコドラート調査で得られた結果を掛け合わせることで、大型藻類の主要生元素である炭素、窒素、リンは、志太ヶ浦のガラモ場に481、37.9、2.29kg、カジメ・ガラモ場に17400、1500、74.2kgの量を保有していることがわかった。
 カジメ、アラメの海中林で起こる群落の更新は約3年単位であると言われている。カジメやアラメのような藻類は自身に浮き袋と呼ばれる気嚢を持っていない。更新による流失個体は長期間漂流せず、外洋へ輸送されることなく、すぐに打ち上げられると言われている。しかし、33日後の藻体形状と打ち上げられている藻体形状が酷似していることから、波浪などの外力により葉状部は外れ、海藻起源有機物として輸送されると考えられる。このため、志太ヶ浦のカジメ、アラメ群落では2900、249、12.4kg/年の炭素、窒素、リンを有機物の形で供給していることになる。一方、ホンダワラ類の群落では種によって成熟期が異なるが、1年のうち1時期であり、集中的に個体の大部分を流失している。流出したものが流れ藻として漂流する期間は平均2ヶ月、その間にも光合成を行っているとの報告もあり、実験で得られた以上の量の有機物を海洋へ供給していると考えられる。この漂流期間の生産量を考慮に入れなくても、ガラモ群落ではそれぞれ241、19.0、1.14kg/年の炭素、窒素、リンを有機物の形で藻場以外の海洋生態系に供給していることが考えられる。
 海藻群落では、常に基部から新しい葉状部が生産され、古い葉状体が押し出され、その部分がちぎれ、デトリタスとなっている。この量や群落更新による流出量、流れ藻としての流出量は定量化されていない。海洋物質循環系における大型海藻の役割を明らかにする場合には、実験などによりこれらを検討していく必要がある。


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