つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200726

Wntシグナル経路の活性化に関与するマウスCcd1遺伝子の転写産物の多様性

岩本 智江(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:桝 正幸(筑波大学 人間総合科学研究科)

(背景、目的)
 Wnt 遺伝子は初め、マウス乳がん細胞において、がんウイルスが挿入されることで活性化される遺伝子、int-1として発見された。後に、int-1が、ショウジョウバエのセグメントポラリティー遺伝子winglessの相同遺伝子であり、構造上の相同性を持つ遺伝子が多数存在することが明らかにされたため、int-1は、Wnt-1 (wingless+int-1)int-1関連遺伝子はWntファミリー遺伝子と呼ばれるようになった。Wntは分泌性のタンパク質であり、発生において、体軸形成、パターン形成、細胞の運命決定や運動性の制御、細胞増殖や組織における極性支配、神経新生などを含む多様な役割を果たす。これらの多様な機能は、シグナルを受容する細胞が用いる下流経路の違いに起因している。
 現在、主要なWntシグナル経路として3つの経路が知られており、これらはcanonical経路とnon-canonical経路の二つに大別される。non-canonical経路には、原腸陥入時の細胞運動であるconvergent extensionや神経細胞の移動、心筋細胞の分化に関与するPCP (planer cell polarity、平面内細胞極性) 経路とWnt-Ca2+経路が含まれる。
 Canonical経路は、Wnt /β-カテニン経路とも呼ばれ、細胞質のβ-カテニンの量によって活性制御を受ける。Wntのシグナルが無い状態では、細胞質のβ-カテニンは、GSK-3β(グリコーゲン合成リン酸化酵素-3β)によってリン酸化された後、分解されている。一方、リガンドが7回膜貫通型受容体のFrizzledに結合し、経路が活性化されると、Dishevelled (Dsh / Dvl)を介してβ-カテニンのリン酸化が抑制される。その結果、安定化したβ-カテニンは核へ移行し、転写因子であるTCF / LEF1 (T-cell factor/ lymphoid enhancer binding factor) を活性化を通してWntシグナル応答遺伝子の転写を活性化する。このシグナル経路には、DvlのN末端とAxinのC末端に存在するDIXドメインを介した相互作用が必須であることが明らかにされている。
 Ccd1(Coiled-coil-DIX1)は、Wnt /β-カテニン経路の活性化因子として本研究室で単離された遺伝子である。コードされるタンパク質は、DvlとAxin以外でDIXドメインを持つ第3のタンパク質であり、N末端にcoiled-coil構造を、C末端にDIXドメインを持つ。ゼブラフィッシュを用いた実験から、Ccd1は、DvlやAxinとヘテロ複合体を形成し、Wntシグナル経路の活性化を通じて神経のパターン化を調節していることが明らかにされた。
 本研究室では、ゼブラフィッシュccd1と非常に相同性の高い、マウスCcd1遺伝子を単離した。この遺伝子は、9番染色体上の77kbの範囲に渡って存在し、25個のエキソンから構成される。転写開始部位とalternative splicingにより、14種類の転写産物が作られる。コードされるタンパク質は、N末配列の違いにより、Ccd1A、Ccd1B、Ccd1Cの3つのサブタイプに分類される。Ccd1Aはアクチンとの結合部位と考えられているCalponin homology (CH)ドメインを持ち、Ccd1BはゼブラフィッシュCcd1と同様の構造を持つ。一方、Ccd1CはN末端側のcoiled-coilドメインを部分的に欠損した構造である。
 本研究では、マウスCcd1遺伝子の機能を明らかにするため、各サブタイプの臓器特異的、発生段階特異的な発現を明らかにすることを目的とした。

(方法、結果)
 Ccd1各サブタイプの臓器特異的、発生段階特異的な発現を明らかにするため、C57BL/6の成獣マウス各臓器、および胎生9.5日(E9.5)、E11.5、E13.5、E15.5、E17.5の胎仔からtotal RNAを抽出し、各サブタイプ特異的なプローブを用いてノザンブロッティングを行った。成獣マウスの臓器において、Aタイプは脳と精巣に、Bタイプは脳に強い発現が、肺と精巣、結腸に弱い発現が見られた。各発生段階の胎仔において、AタイプはE9.5で最も発現が強く、発生の進行に伴い発現量が低下するが、Bタイプは胚での発現がほとんど観察されなかった。
 次に、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターとの共同研究で作成されたCcd1ノックアウトマウスを用いて実験を行った。Ccd1ノックアウトマウスは、エキソン4‐6をネオマイシン耐性遺伝子と置換することにより作成された。そこで、ノックアウトマウスにおける遺伝子発現の有無を確認するため、野生型、ヘテロ、ホモの成獣各個体からtotal RNAを抽出し、各サブタイプ特異的なプローブを用いてノザンブロッティングを行った。その結果、ヘテロ及びホモの個体では、野生型の個体では見られない短い転写産物が作られていた。さらに、エキソン4‐6を欠失した産物も少量ながら観察された。
 ヘテロ及びホモの個体で見られる短いメッセージの転写範囲を特定するため、各エキソン特異的なプライマーを作製し、RT-PCRを行った。さらに、エキソン3,4の間のイントロンにpolyA付加配列を見つけ、この配列で転写が終了している可能性が考えられたため、この配列の直前にプライマーを作製し同様にRT-PCTを行った。また、polyA付加配列以前のイントロン領域にプローブを作成し、ノザンブロットを行った。これらの結果、短い転写産物のうちのいくつかはイントロンの配列を含み、エキソン4より前で転写が終了した産物であることが分かった。
 以上の実験結果から、Ccd1ノックアウトマウスでは、coiled-coil領域の一部を欠失した産物や、C末端側のcoiled-coil領域、DIXドメインを欠失した産物が作られている可能性がある。


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