つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200729

アサガオ花成誘導物質の移動に関する解析

漆山 淳哉 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鎌田 博(筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 植物は子孫を残すために花を咲かせる。これは栄養成長から生殖生長への転換の結果であり、この転換を花成と呼ぶ。花成は、気温の変化や光周期の変化といったさまざまな外環境や、個体内で生産される植物ホルモンや加齢などのさまざまな内的環境により、複雑な制御を受けることが多い。光周期の変化によって制御される光周性花成誘導の機構は、最も研究が進んでおり、多くの関連する遺伝子が同定されてきた。その中でも、シロイヌナズナで同定された遺伝子FLOWERING LOCUS T (FT)の産物は、光周期シグナルを葉から茎頂へ伝える花成刺激「花成ホルモン」の最有力候補であるとされているが、一方、FTは光周期以外のさまざまな要因による花成のシグナル伝達経路を統合して花成に導く「花成経路の統合遺伝子」の一つであることも明らかになってきた。シロイヌナズナは条件的な長日植物であり、さまざまな花成制御機構を合わせ持つことから、FTが光周期シグナルを伝える花成ホルモンであるか否かを議論するためには、単純に光周期シグナルだけに反応する(絶対的光周性を示す)植物におけるFT相同遺伝子の解析が必須である。
 アサガオ(Pharbitis nil cv. Violet)は絶対的短日植物であり、芽生えの段階でも短日となる16時間連続暗期を1回与えるだけで花成を誘導できる。先行研究により、FTの類似遺伝子として、葉で発現するPnFTL (PnFT LEAF-TYPE)と茎頂で発現するPnFTA (PnFT APICAL-TYPE)が単離された。PnFTLは短日条件となる暗期処理の暗期開始後10時間目から葉で、PnFTAはその後花成ホルモンが茎頂に到達する暗期処理の暗期開始後20時間目から茎頂で、それぞれ特異的に転写されることが明らかになっている。その他の実験結果も含めると、2つのFTはアサガオにおける花成のマーカー遺伝子として最も信頼できる。特に、葉で発現するPnFTLはアサガオにおいても花成ホルモンの最有力候補である。  花成ホルモンが葉から茎頂へ移動する経路として、篩管を通ると考えられてきた。その根拠は、植物は接ぎ木をすると接ぎ木面の篩管が繋がって物質の移動が行われるようになり、この活着した後にはじめて花成ホルモンの移動が観察されるためである。そこで本研究では、PnFTLの遺伝子産物、mRNAまたはタンパク質が接ぎ木面を通って移動するか否かを明らかにすることを目標とし、アサガオの接ぎ木実験の条件設定などを試みた。

【研究方法】
 アサガオ(cv. Violet、以下ムラサキ)にはPnFTLの突然変異系統は無い。そのため、アフリカのギニアで採取されたstrain Africa(以下アフリカ)を代用として用いた。アフリカは、ムラサキでは1回で強い花成誘導効果を持つ16時間連続暗期を10回与えても花成誘導されないことが先行研究で明らかにされている。本研究では、ムラサキの台木に対してアフリカの穂木を接ぎ木し、台木の葉で生産された花成ホルモンが接ぎ木の頂芽に花成を引き起こすか否かなどについて条件検討を含む実験を行った。アサガオの種子はヤスリを用いて芽切り処理をした後、吸水させ、播種後数日後に接ぎ木を行った。台木の調整では頂芽をメスで切除して切れ込みを入れ、穂木の調整では胚軸を先端がX字型になるようにメスで切り取った。接ぎ木は、台木の切れ込みに穂木を挟み、適当な長さに切ったテフロンチューブで挟み込んで固定することで行った。台木には子葉2枚のみ、穂木には展開前の本葉以外には葉が無い状態とした。アサガオは24℃、Nakayama培地で水耕栽培した。芽生えの段階から接ぎ木後の数日間は8時間暗期/16時間明期の長日条件下(LD)で栽培し、短日条件(SD)としては16時間暗期/8時間明期を与えた。その後、再び長日条件(LD)で栽培し、3-4週間後に花芽がつくかの調査をした。ムラサキの台木にムラサキの穂木、アフリカの台木にアフリカの穂木をそれぞれ接ぎ木した対照実験も行った。活着の有無については、接ぎ木面の断面を顕微鏡で観察する。花成誘導が成立したか否かのマーカーとしては、PnFTLおよびPnFTAのmRNAの発現をRT-PCRでモニターする。PnFTLがmRNAとして移動する場合を想定し、PnFTLのmRNAを茎頂で検出するためにRT-PCRを試みる。そのため、アフリカのPnFTLのcDNAを単離し、先行研究で明らかになったムラサキの塩基配列と比較すると共に、アフリカとムラサキのPnFTLのRT-PCR産物を簡便に区別する手法を考案する。一方、PnFTLのペプチド抗体を作出し、PnFTLがタンパク質として移動する場合の検出を試みる。

【結果と考察】
 芽生えの生育ステージ、接ぎ木とその後の処理、栽培条件などを検討した結果、播種後5日目のムラサキの台木にアフリカの穂木を接木し、4日後からSDを8回与えることで、花成誘導が起こることが確認できた。今後は、台木であるムラサキのPnFTLの産物がアフリカの穂木から検出できるか否かを調べる予定である。最近、シロイヌナズナでは、FTのmRNAが葉から茎頂へ移動するという報告がなされた。しかしながら、熱処理誘導性プロモーターを用いてFTのcDNAを過剰に転写させるなど、生理的な条件ではない等の問題点もある。また、花成ホルモンとしては、篩管を通ること、活着した接ぎ木面を通ることなどの証明も必要である。アサガオを用いた本研究を通して、短日植物の特異性も含め、これらの機構を明らかにできるのではないかと考えている。


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