つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200731

海洋溶存態有機物の紫外線照射による分画方法の検証

大森 裕子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:濱 健夫(筑波大学 生命環境科学研究科)


<はじめに>
海洋溶存態有機物(DOM)は生物による分解性の違いによって、易分解性・準易分解性・難分解性DOMに分類される。そのなかの易分解性DOMは植物プランクトンなどに生産された直後から分解されてしまうため、海洋中DOMの大半は準易分解性と難分解性DOMで構成されている。したがって海洋中でのDOMの動態を明らかにするためには、準易分解性・難分解性DOMそれぞれの化学組成や性質の違いなどを知る必要がある。
当研究室の先行研究において、自然界の紫外線よりも短波長な紫外線を出す低圧水銀ランプを用いて、西部北太平洋表層水のDOMへ紫外線照射を行った。その結果、太平洋表層におけるDOC(DOMに含まれる炭素量)中の準易分解性DOCの割合と、紫外線照射によって分解されたDOCの割合が同様な季節変動を示すことが明らかになった。このことから、準易分解性DOMは難分解性DOMよりも実験に用いた紫外線に分解されやすいと考えられる。本研究では、DOCの生物分解性が易分解性から準易分解性、難分解性へ変化する過程において、紫外線照射による分解性がどのように変化するかについて、13Cトレーサーを用いた培養実験により明らかにした。これにより紫外線照射による準易分解性DOMと難分解性DOMの分画方法の検証を行った。

<方法>
2005年5月下田沖において表層水をバケツで採水を行った。採水後、20Lポリカーボネート製タンクに入れた試料に栄養塩と13CトレーサーとしてNaH13CO3を添加し、明所で12時間培養後、暗所で90日間保管した。培養前を0日目として0, 0.5, 1, 3, 5, 10, 15, 30, 90日目に試料から1Lずつ採取した。採取した試料は直ちにGF/F(孔径0.7μm)とAnodisc(孔径0.2μm)で濾過をし、濾液を回収した。この濾液中に含まれる有機物をDOMとした。濾液1L のうち、500mlに低圧水銀ランプ(λ=254, 185 nm)で20分間紫外線照射を行い、残りの500mlは紫外線照射をせずにコントロールとした。紫外線照射をしたサンプルとコントロール共に、DOC濃度をShimadzu TOC5000A、DOCの同位体比を元素分析計/MSで測定した。
12時間の培養中に生産された溶存態有機炭素を特に光合成起源の有機炭素として、P-DOC( Photosynthetically produced DOC)とした。このP-DOCはHama, et al(1983)より、P-DOC(t)=(ais-ans)/(aic-ans)×DOC(t)を用いて算出した。(aisは試料のDOC、ansは培養前サンプルのDOC、 aicは培養前サンプルのDICの13Catom%)、およびDOC(t)は試料のDOC濃度)

<結果&考察>
コントロールの試料のDOC濃度を全DOC濃度とし、紫外線照射後の試料中のDOC濃度をUV Stable(UVS) DOCとする。紫外線照射後の試料中に存在するUVS DOCは紫外線に分解されなかった画分であるため、全DOC濃度からUVS DOC濃度を引いて紫外線に分解されたDOC(UV Labile(UVL) DOC)濃度を求めた。植物プランクトンにより生産された有機炭素(P-UVL DOC)濃度についても同様の方法を用いて算出した。
培養実験において、全DOC濃度とUVL DOC濃度は0日目から90日目にかけて減少する傾向を示したが、5・15日目ではDOC濃度の増加が認められた。一方、UVS DOC濃度は実験期間を通してほぼ一定であった。またP-全DOC、P-UVS、P-UVL DOC濃度は共に0.5日目で最大となり、1日目で急激に減少した。その後P-UVS DOC濃度はほぼ一定であったが、P-全DOC濃度とP-UVL DOC濃度は5、15日目に増加を示し、それ以降は90日目まで減少し続けた。
 全DOC濃度・P-全DOC濃度の変動とUVL DOC濃度・P-UVL DOC濃度の変動が一致することから、生物に生産されたばかりの分解されやすいDOCは紫外線によって分解されやすい、ということが示唆される。次に、全DOC中のUVL DOCの割合(UV-L/全DOC濃度)とP-全DOC中のP-UVL DOCの割合(P-UVL/P-全DOC)を比較した。変動はあるものの0〜30日目までは常にP-UVL/P-全DOC方がUVL/全DOCよりも上回っており、90日目にほぼ同量となった。また90日間での平均値はUVL/全DOC= 39%、P-UVL/P-全DOC =52%となった。このことから、元々海水中に存在していたDOCと新しく生産されたDOCの混合物である全DOCよりも、新しく生産されたDOCのみを表すP-DOCの方が紫外線に分解されやすいことがわかった。
 以上より、生産されたばかりの易分解性・準易分解性DOCは紫外線に分解されやすいことが明らかになった。しかし紫外線照射によってすべての易分解性・準易分解性DOCが分解されたとはいえない。よって今後紫外線照射による分画方法の検討と改良が必要である。


©2006 筑波大学生物学類