つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200732

13Cトレーサー法を用いた微生物食物連鎖の定量的解析

小川 隆則(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:濱 健夫(筑波大学 生命環境科学研究科)

[はじめに]
 海洋生態系において、溶存態有機物(DOM)は莫大な量を有する有機物プールである。海洋のDOMは動植物や微生物の排泄や溶出作用、もしくは細胞死による懸濁態有機物(POM)の溶存化により生産され、物質循環に大きな影響を与えているとされる。しかし、バクテリアを除く従属栄養生物はDOMを直接エネルギー源として利用することができない。そのため、高次の栄養段階にDOM起源の有機物やエネルギーを供給する経路として、微生物食物連鎖が近年注目を集めている。微生物食物連鎖はバクテリアがDOMを消費して増殖することから始まる食物連鎖であり、DOMを海洋の物質循環につなぐ上で重要な役割を果たしていると考えられている。
 本研究では、植物プランクトンによって生産された有機物の初期続成段階におけるバクテリアによる利用性を、13Cトレーサー法を用いて定量的に見積もることを目的とした。

[方法]
 2005年10月31日、静岡県の下田沖において表層水をバケツで採水後、20Lポリカーボネート製容器に入れて、栄養塩と13CトレーサーとしてNaH13CO3を添加した。屋外水槽において36時間培養後、暗条件で90日間保存した。試水は培養開始時を0日目として、0,1.5,2,4,6,10,15,30,90日目にその一部を採取した。採取した試水は直ちにGF/F(孔径0.7μm)とAnodisc(孔経0.2μm)の2種のろ紙で連続的にろ過した。Anodiscを通過したろ液に含まれる有機物をDOMとして、ろ紙上に残留した有機物をPOMとした。GF/F及びAnodisc上のPOMにはそれぞれ主に植物プランクトン、バクテリアに由来する有機物が含まれていると考えられる。3つの画分の有機炭素量と炭素同位体比を同位体比質量分析計を用いて測定し、それぞれの画分における光合成生産由来の有機炭素量(P-POC、P-DOC)を算出した。さらに、各画分から抽出した脂肪酸の定量・定性、同位体比の分析を行い、その初期分解過程を追った。また、クロロフィル濃度、栄養塩濃度及びバクテリア細胞数の測定を行うとともに、試水を光学顕微鏡で観察した。

[結果・考察]
 培養直後、GF/FのP-POCは115.2μgC/Lで、P-DOCは11.0μgC/Lであった。植物プランクトンが光合成によって生産した有機物は生体を構成するPOCと生体外に溶出するDOCからなるので、培養直後の植物プランクトンの光合成生産量は126.2μgC/Lと見積もられる。そして、暗条件においた直後(2日目)にその光合成生産量は99.8μgC/Lに減少する一方、AnodiscのP-POCは3.4μgC/Lから9.3μgC/Lに増加した。これより、生産の初期分解過程において、バクテリアは植物プランクトンの光合成生産の少なくとも22.3%を消費して増殖していることが示された。
 P-DOCは2日目に減少後、植物プランクトンの細胞死によると思われるPOMの溶存化により6日目まで再び増加傾向を示した。AnodiscのP-POCもまた後を追う形で増加したが、6日目以降AnodiscのP-POCはほぼ一定状態になった。これは6日目以降に残存しているDOMの大半がバクテリアの分解を受けにくい有機物であったためと考えられる。
 以上より、微生物食物連鎖において、バクテリアは主に生産直後の有機物を利用し、高次の栄養段階に物質やエネルギーを輸送していることが示唆された。

[今後の予定]
 生産された有機物のより詳細な動態を追うために、POM及びDOM中の脂肪酸分析を行う予定である。


©2006 筑波大学生物学類