つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200734

ウェルシュ菌非翻訳型VR-RNA、結合タンパク質の同定及び複合体形成機構の解析

尾花 望(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中村 幸治(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)は、グラム陽性の芽胞形成性嫌気性細菌であり、多くの毒素を産生する。ウェルシュ菌は分泌する毒素、酵素の作用により、ガス壊疽などの致死的感染症を引き起こすことが知られている。ウェルシュ菌における多くの毒素産生遺伝子の発現は、二成分制御系に属するVirR/VirSシステムによって制御されている。金沢大学の清水らによるDNAマイクロアレイの結果より、VirR/VirSシステムは200以上の遺伝子の発現に影響を及ぼしていることが明らかとなった(私信)。さらに、VirR/VirSシステムの下流に存在し、正に調節されるvrr遺伝子は、その転写産物自身が機能を持ち、様々な遺伝子の発現に関係しているということが報告された。vrr遺伝子の転写産物はVirR/VirSの下位において、グローバルな調節遺伝子として機能していることから、VR-RNA(VirR-regulated RNA)と呼ばれ、病原性に関わる非翻訳型RNAとして注目された。
 非翻訳型RNAとは、遺伝子が転写され、タンパク質に翻訳されずに機能するRNAのことであり、このような機能性RNAは大腸菌からヒトにおいてまで、広い生物種から見出されている。非翻訳型RNAの中には遺伝子発現において、転写調節もしくは転写後調節に関与しているものが知られている。DNAマイクロアレイやノーザン解析の結果より、VR-RNAによって制御される遺伝子には、転写レベルにおいて正または負に制御されるものが、それぞれ存在することが明らかになった。また、これらの遺伝子の上流において、共通配列は見いだされていない。このことから、私はVR-RNAはそれ単独で機能しているのではなく、様々なタンパク質と相互作用し、複合体を形成することによって、様々な遺伝子の調節を行っているという可能性を考えた。
 そこで、本研究ではVR-RNAプローブとウェルシュ菌体内抽出液を用いたゲルシフトアッセイ、および、カラムを用いた液体クロマトグラフィーによる精製によって、VR-RNA結合タンパク質の探索、同定することを目的とした。

<方法>
 ウェルシュ菌野生株(strain13)に、クロラムフェニコール耐性遺伝子を含むpJIR418プラスミドを導入した株を、クロラムフェニコール存在下において37℃で培養し、菌体内抽出液を調製した。この菌体内抽出液を硫安沈殿によって粗分画した。また、様々な欠損変異を導入したvrr遺伝子をpGEM3zf(-)プラスミドに組み込み、in vitro転写系によって[α-32P]UTPラベルされたVR-RNAプローブを作成した。
 ウェルシュ菌、菌体内抽出液と作成した変異VR-RNAプローブを用いたゲルシフトアッセイを指標とし、カラムを用いた疎水クロマトグラフィー、および陰イオン交換クロマトグラフィーによって、精製を行った。MULDI-ToF MSを用いて、精製した結合タンパク質の同定を行った。

<結果と今後の予定>
 硫安沈殿により分画した菌体内抽出液に対し、作成した変異VR-RNAプローブを用いたゲルシフトアッセイを行った結果、すべての画分においてシフトバンドが見られた。最も強い活性があった硫安50-70%画分を以後の解析に用い、カラムを用いた疎水クロマトグラフィーによって分画した。分画した各画分と、変異VR-RNAプローブを用いたゲルシフトアッセイを行い、バンドがシフトする画分を得た。同様に、この画分を陰イオン交換クロマトグラフィーによって分画し、ゲルシフトアッセイによって、結合活性を持つ画分を得た。
 最終的に得られた活性画分をSDS-PAGEにより分子量にしたがって分離、展開し、ニトロセルロース膜上に写し取った。このニトロセルロース膜と、ラベルした変異VR-RNAプローブをハイブリダイズさせることで、ノースウエスタン解析を行い、結合タンパク質の分子量を予想した。また、最終的に得られた活性画分を2次元(2-dimensional)電気泳動法によって分離、展開した。CBB染色により得られたタンパク質のスポットのうち、予想された分子量に相当するスポットを切り出し、MALDI-ToF MSによってVR-RNA結合タンパク質を同定した。MALDI-ToF MSによる同定の結果、精製したタンパク質のひとつは分子量35.63(kDa)のGapC(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)であり、もうひとつは分子量66.58(kDa)の HSP70(heat shock protein 70)であった。これらのタンパク質の分子量はノースウエスタン解析の結果と一致した。
 今後はGapC、HSP70 His-tag融合タンパク質をプラスミドに組み込み、大腸菌に導入、大量精製し、VR-RNAプローブを用いたゲルシフトアッセイを行い、最終画分を用いた場合のシフトバンドと比較する。さらに、ラベルをしていない変異VR-RNAプローブを用いた競合阻害実験を行い、結合タンパク質の結合特異性を確認する。これにより、両タンパク質がin vitroにおいて、VR-RNA特異的に結合するかどうかを確認し、また、その機能を解析していくことが必要であると考えられる。
 毒素産生遺伝子群の発現を調節している非翻訳型RNAは、ウェルシュ菌のVR-RNA以外にも、黄色ブドウ球菌や肺炎双球菌において発見されている。VR-RNAによる遺伝子発現制御機構を解明することは、これら他の菌における毒素産生遺伝子調節機構や、非翻訳型RNAの機能を研究する上で、非常に重要であると考えられる。


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