つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200738

ミトコンドリア間相互作用の機能形態学的解析

菊岡 里美(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中田 和人(筑波大学 生命環境科学研究科)

[背景と目的]
 ミトコンドリアは生体内で消費するエネルギー(ATP)のほとんどを生産し、内部に独自のゲノム(mtDNA)をもつ細胞小器官である。 これまで哺乳類におけるミトコンドリアの形態は、球形または俵型として認識されてきた。 しかしながら、生きた培養細胞中では様々な環境・条件に応じて粒子状・フィラメント状に形態を変化させ、さらには網目状のネットワークを形成する様子が観察されている。 こうした形態変化はミトコンドリアの融合・分裂・輸送といった動的現象によるものと理解されている。 また、ミトコンドリア間で物質を交換し、mtDNAの変異を相互的に補い合う作用が認められている。 ミトコンドリア間の物質交換という機能は、一つの細胞内の物質を共有することを可能にし、細胞内ですべてのミトコンドリアが機能的に一つの単位として作用することに役立っている。 しかし、これらの知見のほとんどが培養細胞によるものであるため、個体における細胞・組織中で同様の現象が行われているか明らかにされていない。 さらに、組織におけるミトコンドリアの形態や存在様式は培養細胞とは大きく異なることが観察されており、組織間でもその違いが認められている。 唯一、ミトコンドリア病モデルマウス(mito-mice)の組織を用いてミトコンドリア間の相補作用が証明されている。 しかし、それが融合と分裂に起因する物質交換によるものかは不明である。
 そこで本研究では、
(1)ミトコンドリアを蛍光蛋白質Kaede*により標識したトランスジェニックマウスの作製、およびミトコンドリアイメージング技術の確立
(2)生きた細胞・組織におけるミトコンドリアの融合・分裂・輸送および物質交換の挙動解析
を目的とした。

[結果と考察]
 ミトコンドリア移行シグナル配列(マウスシトクロームCオキシダーゼサブユニット[由来)とKaedeの融合遺伝子を合成し、ユビキタス発現ベクターとして知られるpCAGGSに挿入した。 構築したプラスミド発現ベクターの機能を確認するために、リポフェクション法によって培養細胞(3T3/NIH)へ遺伝子導入を行った。 24時間の培養後、Kaede蛋白の発現を共焦点レーザー顕微鏡により観察した。 488 nmの励起光照射下でKaede蛋白を励起し、さらにミトコンドリアを特異的に染色する蛍光色素であるMitoTracker Red CMXRosとの二重染色により、Kaede蛋白がミトコンドリアに局在していることを確認した。 また、405 nmスポット光の照射により、Kaedeの波長特性を緑から赤へシフトできることを確認し、同一の細胞内で“緑と赤”のミトコンドリアを混在させることが可能になった(図)。 この細胞を用いてタイムラプス解析を行うと、“緑と赤”のミトコンドリアが融合し、その数秒間に二種類の蛍光蛋白質が混合することを観察した。 これはは培養細胞におけるミトコンドリアマトリクスに存在する蛋白質等の物質が、、融合に伴って速やかに交換されていることを示している。
  現在はトランスジェニックマウスを作製するために構築したベクターを制限酵素によって線状化し、マウス前核期胚へのマイクロインジェクション法により遺伝子導入を試みている。



*Kaede:350-410 nmの光照射により緑から赤へ
不可逆的に波長特性を変化させることが可能な蛍光蛋白質



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