つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200739

時間間隔の受容に関する心理実験

喜久里 桂樹 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山本 三幸 (筑波大学 人間総合科学研究科)

(背景・目的)
 我々人間の「時間」に対する認識は、我々自身がその瞬間においてどの程度「時間」に対して注意を向けているか、によって時々刻々と変化している。実際に流れている時間の長さは原則的に一定だが、我々が主観的に体験する時間の長さはその時々により変化する相対的なものとなる。例えば人を待っている時など、時間に対してより注意を向けている際には時間の長さはより長く、逆に「時を忘れて」何かに熱中している時などには時間の長さはより短く感じられる。 心理実験においても、課題の種類により、被験者が受容する時間の長さが変化することが知られている。例えば課題の難易度が高いほど正確な経過時間の推測が困難となることや、時間以外の刺激特性(色や形など)へ払われる注意の程度によって時間推測の正確さが変化すること、あるいは、ある特定の時点に対する注意を高めてやることでその時点での時間の認識の精度が上昇することなどがわかっている。 これらの実験において活動が見られる脳領域もfMRIなどによって計測されており、左の頭頂葉皮質、左の前頭弁蓋、被殻、その他いくつかの領域での左半球優位な活動が報告されている。しかし一方で、右半球優位に活動が見られるとする報告もあり、それらは課題の性質による違いと考えられる。時間に対する質的・量的な注意の向け方の違いによって、左半球が優位に活動を示す状況と右半球が優位に活動を示す状況とが生じ、それぞれの状況で異なる機構が関与しているのではないかとの報告もなされている。このように、「時間」に関する研究は未だ発展段階にあり、今後も活発な研究が期待される分野である。  

 本研究では、左右どちらかの半球の優位性を引き出すような回答方法によって、時間間隔の受容がどのように影響されるかの検討を目的として実験を行なった。

(方法)
 ボランティアの健常な被験者〔16名(男性5名・女性11名)、平均21.5歳〕を対象に心理実験を行なった。
 用いた課題は コンピュータディスプレイ上の画面中央に、呈示時間の異なる一対(短刺激と長刺激)の視覚刺激(視度0.5度の黄色の円)が順に表示されるもので、被験者にはどちらの視覚刺激の呈示時間が長かったかを回答してもらった。視覚刺激の呈示時間は短刺激(=基本呈示時間:1000ms、2000ms、3000msの3段階)と長刺激(=基本呈示時間に100ms、250ms、500ms、1000msのいずれかを加えた時間)とし、二つの刺激の間は1000msとした。回答方法としては、右手・左手(Joystick)、口頭の3種を用い、それぞれの条件の正答率を比較した。

(結果・考察)
 基本呈示時間1000msの課題において、ANOVAを用いて検定を行ったところ、時間条件と回答方法との間の相互関係に有意差が見られた。(p=0.006)
 さらに、後に呈示される刺激が500ms長い条件(1000msの刺激呈示の後、1500msの刺激呈示)で、右手で回答を行なった場合と左手で回答を行なった場合との間で正答率を比較したところ、右手〔0.99±0.05(mean±SD)、 n=16〕、左手〔0.86±0.16(mean±SD)、 n=16〕となり、右手の正答率が左手に比べて統計的に有意に高いという結果が得られた。(t-test, p=0.001, 両側確率)
 先に呈示される刺激が500ms長い条件(1500msの刺激呈示の後、1000msの刺激呈示)でも、p=0.083と有意差は見られないものの、右手の正答率が左手に比べて高いという同様の傾向が見られた。
 基本呈示時間2000msの課題と基本呈示時間3000msの課題においては、統計的に有意な差は見られなかった。(p>0.05)

 これまでの報告では、回答方法の違いにより時間間隔の受容が変化するとの知見はほとんどなく、今回の結果からは右手・左手で回答を行なう際に運動を準備する領野と時間間隔の受容を司る領域との間に何らかの相互作用が存在する可能性が示唆された。時間間隔の受容を司る中枢のひとつと考えられているPreSMA(前補足運動野)は、同時にマルチモーダルな情報を統合し、運動を準備する領域でもあり、右手で回答を行う場合と左手で回答を行う場合とでのPreSMAの活性の違いが時間間隔の受容に影響を及ぼしている可能性が考えられる。有意差が特定の時間間隔でのみ見られた点も興味深く、今後さらに検討を進めていく予定である。


©2006 筑波大学生物学類