つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200740

b-Zip型転写因子2量体の結合特異性を規定する分子メカニズムの検討

木村 桃子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山本 雅之 (筑波大学 人間総合科学研究科)

背景・目的
 私達は,環境からの様々なストレスに曝されながら生活している。親電子性物質や酸化ストレスは、生体高分子に種々の化学修飾をもたらし、細胞傷害や発癌を誘発する。転写因子Nrf2は、こうした有害なストレスの消去に働く解毒酵素・抗酸化蛋白質の遺伝子群を統括的に制御しており、その機能は生体防御の上で非常に重要であることが、これまでの研究から明らかにされている。
 Nrf2は塩基性領域とロイシンジッパー構造(bZip構造)を有するCNC群蛋白質の1つであり、同じくbZip構造を有する小Maf群因子(MafG, MafK, MafF)とヘテロ2量体を形成してMaf群因子認識配列(Maf recognition element; MARE)に結合し、転写を活性化する。一方、小Maf群因子のホモ2量体は、転写活性化領域を持たず、MARE配列に結合すると転写を抑制することが知られている。このように小Maf群因子を含むヘテロ2量体とホモ2量体は同じDNA配列に結合するにも関わらず、その転写における機能は全く逆であり、両者の存在量のバランスが、転写を活性化と抑制化という両方向に制御できることが示されている。しかしながら、両2量体の認識配列が完全に一致するかどうかについて、これまで詳細な検討はなされてこなかった。
 この問題を明らかにするために、当研究室において、Nrf2-MafGヘテロ2量体とMafGホモ2量体の認識配列とその親和性についての網羅的な検討がなされた。その結果、MARE類似配列は、(1)Nrf2-MafGヘテロ2量体との親和性が高いもの、(2)MafGホモ2量体との親和性が高いもの、(3)両方の2量体ともに親和性が高いもの、に分類されることが明らかになった。私はこの研究を発展させて、こうしたそれぞれの2量体の認識配列の特異性の違いが、どのような分子構造によって規定されているのかを明らかにしたいと考えた。

方法
 Nrf2が属するCNC群蛋白質とMaf群因子のDNA結合領域を比較し、Nrf2の502番目のアラニン(A)に対応するMafGの64番目のチロシン(Y)が決定的に異なっていることを見いだした。そこで、この差異が機能的に重要であるかを検証するために、このアラニンとチロシンを交換した変異分子、Nrf2 A502YとMafG Y64Aを作成した。表面プラズモン共鳴(SPR)とマイクロアレイを組み合わせた手法であるSPRマイクロアレイ法を用いて、様々なMARE類似配列との結合親和性を網羅的に検討したところ、Nrf2 A502Y-MafGへテロ2量体はMafGホモ2量体と、MafG Y64Aホモ2量体はNrf2-MafGへテロ2量体と、それぞれ類似した結合プロファイルを呈することがわかった。そこで、この結果をさらに検証するために、ゲルシフトアッセイにより、代表的な配列について、それぞれの2量体との結合親和性について検討した。また、in vitroで確認された結合親和性の違いが、細胞内で転写の活性化、あるいは、抑制として実際に反映されうるかどうかを、培養細胞に対する一過性遺伝子導入によるレポーターアッセイを用いて検討した。
【ゲルシフトアッセイ】
 プローブとして代表的な5つのMARE類似配列、結合特異性を比較するタンパク質として4種類の2量体(Nrf2-MafGへテロ2量体、Nrf2 A502Y-MafGへテロ2量体、MafGホモ2量体、MafG Y64Aホモ2量体)を用いてゲルシフトアッセイを行った。
【レポーターアッセイ】
 プロモーター上流に、3回繰り返しのMARE類似配列を有する4種類のレポーター遺伝子を作成し、293T細胞へ導入した。同時に、Nrf2またはNrf2 A502Yの発現ベクターも導入し、レポーター遺伝子産物(ルシフェラーゼ)の活性をモニターした。MafGまたはMafG Y64Aについても同様の実験を行った。

結果・考察
 上記の実験から、Nrf2 A502Y-MafGへテロ2量体とMafG Y64Aホモ2量体の高親和性結合配列が、野生型分子のホモ2量体とヘテロ2量体のそれと、それぞれ一致しており、認識配列の特異性が入れかわっていることが確認された。これにより、DNA結合領域に存在する1アミノ酸が、2量体のDNA認識特異性の決定に大きく貢献していることが明らかになった。
 また、レポーターアッセイでは、Nrf2 A502Yが、Nrf2の作用しにくい配列(すなわち、MafGホモ2量体が作用しやすい配列)に対して効率よく転写活性化作用を及ぼすこと、すなわち、結合親和性の変換が転写活性化の効率に反映されていることが確認された。一方、MafG Y64Aでは、MafGの作用しにくい配列(すなわち、Nrf2-MafGへテロ2量体が作用しやすい配列)を有するレポーターに対して抑制をかけることができなかった。さらに詳しく調べてみたところ、MafG Y64Aでは、本来、野性型MafGで観察されるはずのSUMO化修飾が抑制されていることがわかった。
 MafGホモ2量体が、転写抑制能を発揮するためには、そのSUMO化修飾が必須であることが明らかにされており、MafG Y64Aが、レポーター上流域に結合すると推測されるにもかかわらず、レポーターの転写を抑制できなかった原因は、SUMO化が十分に起こらないためであると考えられる。MafGのSUMO化のメカニズムはまだ不明であるが、この結果は、DNA認識部位の構造が、SUMO化酵素によるMafGの認識にも重要である可能性を示唆するものである。

今後の予定
 今後は、Nrf2欠損マウスから樹立したマウス線維芽細胞(MEF)に、Nrf2 A502Yを安定に発現させた細胞を樹立し、内在性のNrf2の標的遺伝子の発現において、こうした認識配列特異性の変化が及ぼす影響を明らかにしたいと考えている。具体的には、Nrf2を導入したNrf2-/-MEF細胞と、Nrf2 A502Yを導入したNrf2-/-MEF細胞とに、それぞれ、親電子性試薬を作用させ、誘導されてくる遺伝子の発現プロファイルをマイクロアレイ法により比較する。
 内在性遺伝子に対する小Maf群因子ホモ2量体による抑制性制御は、これまで明確には証明されていないので、MafGホモ2量体が高親和性をもつ配列に対して転写活性化をもたらすことができるNrf2 A502Yを利用することにより、MafGホモ2量体によって抑制性制御をうけている遺伝子群を明らかにすることができるものと期待される。


©2006 筑波大学生物学類