つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200742

転写因子GATA-1と癌抑制因子Rbの相互作用が造血に果たす役割

小林 枝里 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山本 雅之 (筑波大学 人間総合科学研究科)

背景と目的
 血球の分化には、分化に必要な遺伝子セットの発現を誘導する転写因子群の、組織特異的・時期特異的な発現が必須であり、中でもGATA-1は特に重要な因子の一つである。GATA-1は赤血球前駆細胞や、巨核球、好酸球、肥満細胞の終末分化に必須である一方、細胞の増殖抑制能を持つ。これらのGATA-1機能の発現には、2つの亜鉛フィンガーと、転写活性化に重要なN末端(N terminus : NT)領域の3つのドメインが重要である。このうちNTドメインについては、マウス個体を用いた実験系によって成体型造血に必須であることが明らかにされており、またダウン症の巨核芽球性白血病との関連も示唆されている。しかし、NTドメインがどのようなメカニズムでGATA-1機能に関与しているかについては、詳しい解析がなされていない。
 そこで私は、NTドメインのRb結合配列に着目した。Rbは細胞周期を負に制御する因子として知られているが、近年の報告から、いくつかの組織で転写因子と結合して分化を誘導する機能を持つこともわかってきている。また、Rbノックアウトマウスはさまざまな器官形成の異常により胎生14.5日前後に死亡するが、特に赤血球前駆細胞の終末分化異常が主たる死因の一つとして報告されている。さらに、野生型ヒトGATA-1(hG1)のRb結合部位の点変異によりRbと結合できない変異型ヒトGATA-1(hG1Rbm)は、分化誘導能と増殖抑制能がともに低いことが細胞を用いた実験系で明らかにされており、このことからもGATA-1とRbの相互作用が赤血球系巨核球系細胞の分化に重要な役割を担っていることが予想される。
 そこで、私は個体でのGATA-1とRbの相互作用が造血に果たす役割を検討するために、マウス個体を用いた機能的レスキュー法による解析を試みた。機能的レスキュー法は、遺伝子欠失動物にトランスジェニック法で欠失している遺伝子全体、またはそのドメイン機能欠失変異型を補い、表現形の回復の様子から、ドメイン機能を実証する手法であり、分子機能を個体レベルで検証する有力な手法である。

実験方法
  Gata1 遺伝子はX染色体に存在するため、Gata1 遺伝子の転写が野生型の5%まで低下したノックダウンアリル(GATA-1.05 アリルと呼ぶ)を持つ雄マウス(GATA-1.05 /Y)はGATA-1ノックアウトマウスと同じく胎生11.5日までに死亡する。このGATA-1.05 /YにhG1もしくはhG1Rbmをトランスジーンとして発現させ、GATA-1.05 /Yの胎生致死をレスキューできるかどうかを調べた。Rbとの相互作用がGATA-1機能に重要であれば、GATA-1.05 /Y::hG1Rbm(hG1Rbmレスキュー個体)は、GATA-1.05 /Y::hG1(hG1レスキュー個体)に比べて、造血に何らかの異常がおこるものと予想される。
 この目的で、生体でのGATA-1発現に十分な発現制御領域にhG1もしくはhG1Rbmを連結した構築を用いてトランスジェニックマウスを作成し、野生型と交配して、複数の独立したトランスジェニックマウスラインを樹立した。マウス成獣の造血組織である脾臓の細胞でRT-PCRを行い、トランスジーンの発現が内在性GATA-1と同程度のものを中発現ライン、内在性GATA-1よりも高かったものを高発現ラインとした。これらのトランスジェニック雄マウス(X/Y::TG)と、GATA-1.05 アリルをヘテロに持つ雌マウス(GATA-1.05 /X)の交配を行って、得られたレスキュー個体(GATA-1.05 /Y::TG)の表現型を解析した。

結果と考察
 hG1Rbmレスキュー個体は中発現ラインでは出生しなかったが、一方、高発現ラインではメンデル則にしたがって生まれてきた。hG1高発現ラインからも、レスキュー個体はメンデル則にしたがって生まれてきた。これらのことから、ヒト型のGATA-1を利用したトランスジェニックレスキュー法が実際に働くことが理解された。
 中発現ラインのhG1Rbmレスキュー個体は胎生期に死亡していることが予想されたので、同レスキュー系列マウスの胎児解析を行った。胎児肝臓での成体型造血が始まる胎生12.5日に解析したところ、肉眼的にhG1Rbmレスキュー胎児は貧血を呈していた。胎児肝臓のヘマトキシリン・エオジン染色を行ったところ、hG1Rbmレスキュー個体では野生型に比べ未熟な赤芽球(赤血球前駆細胞)が多く見られた。また、赤血球系と見られる細胞で複数の核を持つ細胞が存在していた。一方、胎生15.5日では、本TGラインによるhG1Rbmレスキュー個体はすべて死亡していたことから、hG1Rbmレスキュー個体はRbノックアウトマウスと同じ胎生14.5日前後に死亡しているものと思われる。
 hG1Rbmレスキュー個体に見られた貧血の原因は、hG1Rbmの分化誘導能が低いことによる分化障害であろうと思われた。そこで、FACSを用いて赤芽球の分化段階を解析した。その結果、胎生13.5日のhG1Rbmレスキュー個体では同腹の野生型胎児に比べて未熟な段階の赤芽球が増加していることが明らかになった。
 また、hG1Rbmレスキュー個体血球細胞の細胞周期について調べるため、胎生13.5日胎児肝臓のDNA contentsを調べた。その結果hG1Rbmレスキュー個体では同腹の野生型個体に比べ、赤血球系の分化マーカーであるCD71発現細胞の細胞周期が亢進している傾向が見られた。同時に、胎生12.5日胎児肝臓のPCNA(増殖細胞核抗原)染色を行ったが、hG1Rbmレスキュー個体では同腹の野生型個体に比べ増殖細胞の数が増加する傾向が見られたものの、個体差が大きく有意差は得られなかった。
 以上の結果から、GATA-1とRbの相互作用は、マウス個体における赤血球造血に必要であると結論される。特に、GATA-1の分化誘導能にRbとの相互作用が必要であることが理解される。GATA-1の増殖抑制能にもRbが影響していると考えられるが、この点についてはさらに詳細な解析を行う必要がある。
 今後は、hG1Rbmレスキュー個体におけるGATA-1の下流因子や細胞周期制御因子の発現、巨核球系の表現型などについても調べていきたい。またコントロールとして発現量の近いhG1レスキュー個体の解析も進める必要がある。厳密な解析を行うためには、マウスに実験系をシフトさせることが有利なので、今後はマウスGATA-1でも同様の解析を行う予定である。


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