つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200743

酸化ストレスによる破骨細胞の分化制御機構の解析

 後藤 夏美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:坂本 和一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 骨は、骨芽細胞による新しい骨基質の産生、破骨細胞による古い組織の吸収を繰り返し、常に代謝されている。これを骨代謝と呼ぶが、骨芽細胞と破骨細胞のバランスが崩れると、骨粗鬆症などのさまざまな骨代謝疾患を引き起こすことが知られている。破骨細胞は、造血幹細胞由来の破骨前駆細胞が融合して形成される巨大な多核細胞で、骨表面に接着して酸やタンパク質分解酵素を分泌し、骨の無機成分や骨基質タンパク質を分解する。
 一方、生体内では呼吸や炎症時に活性酸素が生成されることが知られている。この活性酸素は紫外線、有害物質などの外的ストレスによっても生成される。活性酸素は、体内で脂質やタンパク質などを酸化変性させることから、過剰な活性酸素の生成は生活習慣病や癌の原因になると考えられている。また、活性酸素は正常な骨代謝の維持にも作用することが知られている。
 そこで本研究では、破骨細胞の分化に活性酸素が与える生理作用を明らかにするため、マウス破骨前駆細胞における過酸化水素の生理作用とその作用メカニズムを調べることを目的とした。

【方法】
 実験には、マウスのマクロファージ様細胞RAW264を用いた。RAW264細胞は、破骨細胞分化誘導因子であるRANKL(receptor activator of NF-κB ligand)を作用させると破骨細胞に分化する。そこで、RAW264細胞を48-well plateに5×103 cells/well の細胞密度で播き、H2O2濃度 0M、10nM、100nM、1μM、10μM およびRANKL 100ng/mlを含むα-MEM(10% FBS、1%NEAA)中で培養して分化を誘導した。培養3日後に培地を交換し、5日後に4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した後、酒石酸耐性酸ホスファターゼ染色(TRAP染色)を行った。染色後、形成されたTRAP陽性の多核(3核以上)の破骨細胞数を計測した。また、H2O2添加と同時に、抗酸化剤として知られるN-Acetyl-L-cysteine (NAC)を添加し、H2O2により誘導される破骨細胞の分化に対する効果を調べた。
 また、過酸化水素が破骨細胞の分化のどの時期に作用しているかを調べるために、培養期間中の過酸化水素の添加時期を変えて分化誘導実験を行った。RAW264細胞を上記と同様に播き、培養開始0‐2日後、2‐5日後、0‐5日後に100nM H2O2を添加して培養を行った。培養5日後に4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した後、TRAP染色を行い、TRAP陽性細胞(3核以上)の細胞数を計測した。
 次に、破骨細胞分化のマーカーであるTRAPやカルシトニンレセプターのmRNAの発現に対する過酸化水素の効果を調べるために、RT-PCR実験を行った。RANKL濃度200ng/ml、H2O2濃度100nMを含むα‐MEM(10%FBS、1%NEAA)を用い、6cm dishに細胞密度1×105 cells/dishになるように播き、分化を誘導した。1、3、5日後に細胞を回収して、RNAを抽出し、RT‐PCRにより各遺伝子のmRNAの発現を調べた。

【結果・考察】
 異なる濃度の過酸化水素でRAW264細胞を処理したところ、100nM H2O2ではTRAP陽性の多核細胞の増加が、10μMでは減少が認められたことから、過酸化水素は濃度依存的に破骨細胞の分化に関与することが分かった。過酸化水素の添加時期を変えた実験では、現在までのところ安定した結果が得られなかった。また現在、RT‐PCR法を用いて、破骨細胞の分化マーカーであるTRAP、カルシトニンレセプターやカテプシンKなどのmRNAの発現を調べているところである。これまでの実験では、過酸化水素による刺激では安定した結果が得られなかったため、現在は、過酸化水素処理実験と平行してグルコースオキシダーゼ(GOD)処理実験を行っている。グルコースオキシダーゼは、培地中のグルコースを利用して過酸化水素を産生する。過酸化水素処理とGOD処理実験から、さらに活性酸素による破骨細胞分化への影響やその作用メカニズムを調べていく予定である。


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