つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200744

老化に伴うミトコンドリア機能低下の原因解明

 齊藤 理英 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:林 純一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

〈背景と目的〉
 「老化」という現象は全ての人に例外なく起こる現象でありながら、その原因やメカニズムは未だ明らかにされていない。老化の過程で見られる現象は様々であり、近年、多様な方面から老化の謎を解明しようとする研究が行われている。
 ミトコンドリアは酸化的リン酸化によりATPを合成し、生命活動に必要なエネルギーの大部分を供給する重要な細胞小器官であり、独自の遺伝情報 (mtDNA) とタンパク質合成系を有している。このmtDNAは1細胞あたり数百から数千コピー存在しており、呼吸鎖酵素複合体のサブユニットやその翻訳に必要なtRNA、rRNAをコードしている。mtDNAはエネルギー生産の過程で生じる活性酸素種に常にさらされているため、核DNAに比して5・10倍も突然変異が蓄積しやすいと言われており、実際、老人由来の組織や細胞において突然変異型mtDNAの蓄積が見られることが報告されている。また、老人由来細胞では胎児由来細胞に比してミトコンドリア呼吸機能の明らかな低下が認められることも事実である。これら2つの現象を受け、老化のメカニズムを説明する一つの仮説として「老化ミトコンドリア原因説」が提唱されている。この説は、活性酸素種によりmtDNAが損傷を受けて突然変異型mtDNAが蓄積することによりミトコンドリア呼吸機能が低下し、その結果老化に伴う諸症状が引き起こされるというものである。しかし、老化に伴って蓄積する突然変異型mtDNAとミトコンドリア呼吸機能の低下との間の直接的な因果関係は示されておらず、「老化ミトコンドリア原因説」には以下の2つの問題点が挙げられる。( i ) ミトコンドリア間には相互の機能を補償しあう作用が存在しており、単一の病原性突然変異が少なくとも80%以上蓄積しない限り呼吸機能の低下には至らないが、老化に伴って蓄積するmtDNA突然変異はランダムな体細胞突然変異であるとともに、その割合も数%と非常に低い。( ii ) ミトコンドリアの呼吸鎖酵素複合体を構成するタンパク質やミトコンドリア内の転写、翻訳に必要な因子はmtDNAのみならず核DNAにもコードされており、核DNAコードのミトコンドリア関連遺伝子が老化に伴うミトコンドリア呼吸機能低下に関与する可能性が残されている。
 先行研究において、ミトコンドリア内転写活性は繊維芽細胞のドナーの年齢に関わらず一定である一方、ミトコンドリア内翻訳活性は老人由来細胞で顕著に低下していることが示されている。また、胎児及び老人由来の皮膚繊維芽細胞からそれぞれミトコンドリアを分離し、mtDNAを保持しないρ0HeLa細胞に移植すると、老人細胞由来のmtDNAを導入した細胞質雑種細胞 (サイブリッド) の呼吸鎖酵素複合体W (cytochrome c oxidase: COX) 活性及びミトコンドリア内翻訳活性はともに胎児細胞由来のmtDNAを有するサイブリッドと同等のレベルに回復することが報告されている。これらのことから、老化に伴うミトコンドリア呼吸機能の低下はmtDNAコードの遺伝子産物の減少に起因するものではなく、ミトコンドリア内翻訳に関与する核DNAコードの遺伝子によるものであることが示唆される。そこで本研究では、ミトコンドリア内翻訳に関与する核コードの遺伝子に着目し、老化に伴うミトコンドリア呼吸機能低下の原因を解明することを目的とした。

〈結果と考察〉
 老化に伴うミトコンドリア呼吸機能低下に関与する可能性のある遺伝子を網羅的に探索するため、DNAマイクロビーズアレイを用いて胎児由来繊維芽細胞株TIG-3S、及び老人由来繊維芽細胞株TIG-102 (97Y) 間で遺伝子の発現量を比較した。その結果、老人由来細胞で発現低下が認められた遺伝子のうち、ミトコンドリア内翻訳に関与している候補遺伝子が2つ検出された。これらの遺伝子について、老人由来細胞株TIG-101 (86Y)、TIG-105 (72Y)、TIG-106 (80Y)、TIG-107 (81Y) を加えてRT-PCRを行い発現量の比較をしたところ、これらの遺伝子の発現量は老人由来細胞で一様に低下しており、単なる個体差に起因するものではないことが示唆された。従って、老化に伴いミトコンドリア呼吸機能が低下する過程に、ミトコンドリア内翻訳に関与しているこの2つの遺伝子の発現低下が関わっていると考えられる。この可能性を検証するため、両遺伝子のRNAi発現ベクターを構築し、これをそれぞれHeLa細胞及び143BTK-細胞に導入した。現在、これらの細胞におけるミトコンドリア呼吸機能及びミトコンドリア内翻訳活性について低下が見られるか否か検証中である。

〈今後の展望〉
 現在解析中のRNAi発現ベクター導入細胞の検証に加え、これらの遺伝子を過剰発現させた際にミトコンドリア呼吸機能がどのような影響を受けるかについても検討していく予定である。また、これら2つの遺伝子が複合的に作用して老化個体で見られる諸症状を引き起こす可能性も考えられるため、両遺伝子を同時にRNAi及び過剰発現させた際の表現型を解析することも重要であると考えられる。


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