つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200746

下田市大浦湾産アミ類におけるスウォーム構造の種間比較

阪本 真吾 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:青木 優和(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景と目的>
 一般に動物が群れを形成する場合捕食者の目に留まりやすくなり、また負の密度効果などの可能性も生じる。それにもかかわらず群れを形成する場合、これらのリスクを上回る利点があると考えられる。アミ類(Mysidacea)はフクロエビ上目に属する小型甲殻類で、ほとんどの種は水中でスウォーム(swarm)と呼ばれる高密度の集団を形成しながら、海底から離れた水塊中を遊泳する。スウォーム形成行動はアミ類に特徴的なものであり、何らかの意義があると考えられるが、スウォーム形成に関して行なわれた研究は未だに少ない。
 アミのスウォーム形成の意義については、捕食回避や繁殖の効率化など、行動学的な観点からいくつかの仮説が提唱されている。しかし、スウォーム自体の組成に関しての知見はほとんどない。スウォーム単位での採集調査には潜水作業が必須であることも、組成解析に関わる研究の進んでこなかった一因であろう。本研究ではスウォーム単位での野外採集を行い、その組成やサイズについて解析を行なうことによって、アミ類のスウォーム構造について今後の研究の礎となるべき知見を得ることを目的とした。

<材料と方法>
 静岡県下田市大浦湾において 2005 年 9 月 14 日から 3 日間にわたり、スキューバ潜水によって水深 10 m 付近で計測と採集を行なった。まず、目視で探し出したアミのスウォームについて、スウォームの底から海底までの距離とスウォームサイズ(長さ、幅、高さ)を計測し、スウォームの形状とともに記録した。その後、柄付プランクトンネットを用いて、ネットがスウォームを縦断するように可能な限り多数の個体を採集した。プランクトンネットは一度船上に揚げ、採集されたアミはスウォーム毎に個別容器に移した。この手順に従って、合計 23 群のスウォームサンプルを得た。これらは直ちに実験室に持ち帰り10%の中和ホルマリン海水溶液で固定した後、以下の手順で種組成と体長組成を調べた。
 まず採集した個体数が 1 サンプルあたり数千個体から数万個体に及んでおり全個体の計測が困難だったため、まずサンプルが均一になるようによく撹拌した状態でサブサンプルを抽出し、その分析から母集団であるスウォームの組成を推定した。また体長計測の効率化のため、眼柄基部から胸部末端までの長さ(以下頭胸長)を体長の指標として計測した。頭胸長は描画装置付の実体顕微鏡下で計測した。同時に種の同定と雌、抱卵雌、雄、幼体の判別を行なって、頭胸長とともに記録した。頭胸長から体長を割り出すために、これとは別に頭胸長と体長(眼柄基部から腹部末端まで)を種ごとに 100 個体程度計測して、これをもとに回帰式を作成した。
 これらの処理から得たデータをもとに以下の解析を試みた。
・種別に頭胸長のヒストグラムを作成し、スウォーム間で比較した。
・スウォームサイズから容積を計算し、スウォーム組成との関係を解析した。
・スウォーム形状、海底からの距離とスウォーム組成の関係を解析した。

<結果>
 解析サンプル中には 6 種のアミ類が出現した。このうち優占 3 種以外は 1%未満であった。優占 3 種の比率は Nipponomysis tenuiculus が 57.8%、Siriella sp. が 26.8%、Anisomysis ijimai が 14.6%であった。個体群組成は N. tenuiculus では成体が構成する分布と未成熟個体が構成する分布からなる 2 峰型であった。一方 Siriella sp. と A. ijimai では分布は単峰型であり、Siriella sp. は未成熟個体のみで成体は出現せず、A. ijimai では抱卵雌の割合が 1.3% と極端に小さかった。種内で比較した場合、スウォーム間で組成に差異はみられず、スウォーム容積と組成にも関係はみられなかった。
 スウォームの形状は、海底から数cm 〜 30cm に存在する楕円体もしくはこれが長く伸びた帯状、海底を薄く覆うように広がったカーペット状の 2 種類があった。後者には前者のスウォームではみられなかった未同定の SP. 1 が存在した。
 採集した全 23 サンプルのうち、20 サンプルは 2 種以上からなる混群であった。混群は個体数が 50%を超える優占種 1 種と、50%未満のゲスト種 1〜2 種で構成されていた。単一種で構成されていた 3 サンプルはすべて A. ijimai であった。他の 2 種では、様々な比率での混在があった。混群においては N. tenuiculus は体長 3.7 mm からメスの抱卵が見られ、未成熟個体の平均体長は 3.35 mm であった。Siriella sp. は全てが未成熟個体であり、平均体長は 3.74 mm と N. tenuiculus とほぼ同サイズであった。

<考察>
  N. tenuiculus の体長組成が 2 峰型であることは、この種の繁殖盛期が限られている可能性のあることを示唆している。Siriella sp. ではスウォーム中には成体が出現しなかったが、同時期に夜間行なった灯火採集では同種とみられるSiriella 属の成体の雌雄が多数出現していることから、この種では生活史のある時期にのみスウォームを形成するか、あるいは成体と未成熟個体が何らかの棲み分けを行なっているのかもしれない。
 単一種でスウォームを形成するより混群のスウォームを作る場合が多かったことから、スウォーム内には何らかの種間相互作用が存在している可能性が高い。また現場における観察では、同種とみられるサイズの近い個体同士が集まってスウォーム内に分布する傾向がみられた。このことから、混群のスウォーム内にあっても、同種個体が集合している可能性がある。混群形成の過程やその要因について明らかにするために、今後採集方法を改善し、スウォーム内の微細分布に関しても調査を行っていきたい。


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