つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200747

Zeuxo sp.(甲殻綱:タナイス目)の造巣に関わる要因

坂本 隆太朗(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:青木 優和 (筑波大学 生命環境科学研究科)


背景と目的
 Zeuxo sp. はタナイス目に属する体長最大約4.5mmの小型甲殻類で、静岡県下田市外浦海岸では 6月から8月にかけてアマモ葉上に高密度で出現する。アマモ葉上では珪藻・デトリタス・アマモ種子を摂食するとみられ、また、付着藻類やシルトを用いて筒状の巣を造ることが知られている。これまでの海産甲殻類の造巣行動に関する研究は十脚類に関するものが主で、小型甲殻類に関するものは少ない。また、本種は生残と造巣を指標とした生物検定の材料としても期待されている。そこで、本研究では室内飼育したZeuxo sp. を用いて操作実験をおこない、その造巣行動に関わる要因についての基礎的な知見を得ることを目的とした。

方法
 2005年10月から12月にかけて静岡県下田市外浦海岸のアマモ場においてタナイス( Zeuxo sp. )を採集した。採集したタナイスは実験に備えた畜養のためにガラス瓶(直径65mm、深さ60mm)に滅菌砂0.3gと滅菌海水30mlを入れた容器で6〜7個体ずつ22℃12L12D恒温器内で飼育した。毎日半量ずつ飼育水を交換し、餌としてリキフライマリン(リンペット社)を6〜7μlずつ2日に一度与えた。これらの容器から実験用タナイスを供給した。
 6穴シャーレ(直径35mm、深さ15mm)に滅菌砂(125〜250μm)0.1gと滅菌海水8ml(水温20±0.5℃)を入れた実験容器を用いて、以下の実験をおこなった。
 実験容器にタナイス( n = 63 , 体長1.3 〜3.5 mm)を1個体ずつ入れ、9時間後までは1時間毎に、その後は24時間後の造巣数を記録した。得られたデータは雄・雌・体長2mm未満の幼体に分けて各経過時間毎の造巣率を算出した。次に実験容器にタナイス( n =18 , 体長2.3 〜4.4 mm )を1個体ずつ入れ、造巣開始後の時間経過にともなう巣長変化を64時間後まで測定した。データは雄雌に分けて解析した。また、12時間後の巣長と体長の相関関係を調べた。

結果
 雌の造巣率は実験開始から3時間後まで急激に増大し、68%に達する。一方、雄と幼体の造巣率は実験開始から5時間後まで雌に比べゆるやかに増大し、60%に達する。その後の上昇率は雌雄幼体ともにゆるやかであったが24時間後には雄と雌の造巣率はともに約90%となった。一方、24時間後の幼体の造巣率は68%と低かった。
 巣の伸長速度は雄雌ともに最初の1時間が最大となり、その後低下した。3時間後以降はほとんど伸長しなくなった。12時間後の巣長の平均値を比較したところ、雌の造った巣が有意に大きいことがわかった(♂:n = 12、 ♀:n = 16、 t = 2.40、 p < 0.05)。また、12時間後の巣長と造巣個体の体長について相関を求めたところ、雌の体長と巣長には強い相関があった( n = 16、 r = 0.726、 p < 0.01)。一方、雄の体長と巣長には有意な相関が見られなかった。( n = 12、 r = 0.0469、 p = 0.232 )。


図. 造巣個体の体長と巣長の相関関係

考察
 Zeuxo sp. の雌は巣を短時間で造ることから、移入した住み場所への定着性が雄よりも高いと考えられる。これは野外性比が雌に偏っているという従来の知見とも関係があるだろう。タナイス目の多くが雌の巣内で交尾を行うことから、本種の雌も交尾のために雄より大きな巣を造ると考えられる。野外では雄は雌の巣を求めて頻繁に移動しているのかもしれない。
 本研究から体の大きさや性差が造巣に関わる可能性が示唆された。今後さらに実験を続け、体サイズや性の影響について調べるとともに、水温・明暗・密度といった環境要因の影響についても調べたい。  


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