つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200752

菅生沼および小貝川水辺林におけるヤナギ類葉さび病菌の生態

新山 雪絵 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山岡 裕一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景と目的】
 ヤナギ類は、水辺林の重要な構成要素である。茨城県南西部の水辺林では、マルバヤナギ(Salix chaenomeloides),ジャヤナギ(S. eriocarpa)およびタチヤナギ(S. subfragilis)が優占する。マルバヤナギおよびジャヤナギには、中間宿主としてムラサキケマン(Corydalis incisa)を利用する異種寄生種のさび病菌Melampsora chelidonii-pierotii が寄生する。またタチヤナギには同種寄生種のMelampsora sp.が寄生する。これらさび病菌の、野外での発生生態は不明な点が多い。本研究では水辺林でのMelampsora 属菌の発生生態を明らかにすることを目的とした。

【材料と方法】
 本調査は2005年2月〜12月の期間、菅生沼の3ヶ所ならびに小貝川流域の5ヶ所の水辺林、計8ヶ所で行った。いずれの調査地でも、マルバヤナギとタチヤナギがヤナギ林を形成しており、その中にわずかにジャヤナギが混在していた。
 2〜3月の期間は、3種のヤナギ葉上の冬胞子を定期的に採集し、発芽試験を行ない、冬胞子の休眠解除の時期を調査した。3月以降は宿主植物のフェノロジーと、Melampsora 属菌の胞子堆形成を記録した。また、ムラサキケマン上のさび胞子を、リーフカルチャー法を用いてマルバヤナギ、ジャヤナギ双方に接種し、宿主範囲を調査した。

【結果と考察】
 冬胞子の休眠解除の時期は、マルバヤナギ上のM. chelidonii-pierotii とタチヤナギ上のMelampsora sp.は2月下旬、ジャヤナギ上のM. chelidonii-pierotii では調査を開始した2月上旬であった。これより、宿主植物の新葉の展開以前に、菌は発芽の準備ができていることがわかった。
 3月下旬にタチヤナギで新葉、花序の展開が見られ、5月上旬にMelampsora sp.のさび胞子堆、夏胞子堆の形成が見られた。
 M. chelidonii-pierotii の中間宿主ムラサキケマンは3月下旬には新葉が展開しおり、4月中旬に精子器・さび胞子堆形成が見られた。同時期に、マルバヤナギの新葉の展開が観察された。その後ムラサキケマンの地上部が枯死した6月上旬に、マルバヤナギ上で夏胞子堆形成が観察された。一方、ジャヤナギはマルバヤナギより約1ヶ月早く新葉が展開したが、夏胞子堆形成はマルバヤナギ上より約1ヶ月遅れて観察された。このことより、M. chelidonii-pierotii の胞子堆形成はマルバヤナギ、ムラサキケマンのフェノロジーによく適応していることが明らかになった。また、ムラサキケマンは調査地8ヶ所中3ヶ所で観察されたが、いずれもヤナギ林の林床には出現せず、ヤナギ林に隣接した植物群落(クヌギ・エノキ疎林林床、畑跡地)で観察された。これより本調査地の水辺林におけるヤナギ類とムラサキケマンの生息位置も、本菌が宿主交代を行う上で適していると考えらた。
 調査地ではムラサキケマン個体の80〜100%でさび胞子堆が形成されていた。さび胞子堆14菌株のうち8菌株がマルバヤナギにのみに寄生性を示し、1菌株がマルバヤナギ、ジャヤナギ双方に寄生した。この結果は、ジャヤナギ上の系統とマルバヤナギ上の系統の寄生性が分化しているとする中村ら(1998)の結果とほぼ一致した。  6〜7月にヤナギ類3種で夏胞子堆が観察されたが、夏胞子堆は9月までの期間著しい感染の増大は認められなかった。9月〜10月に夏胞子堆が増大し、10月下旬には冬胞子堆が形成された。この時期マルバヤナギ上の胞子堆はすべて冬胞子堆にかわったが、ジャヤナギ上では夏胞子堆が冬胞子堆と多数混在していた。以上の結果を図1にまとめた。
 以上の結果よりタチヤナギ上のMelampsora sp.およびマルバヤナギ上のM. chelidonii-pierotii の系統は、本調査地水辺林に適応し、水辺林内で生活環を全うしていることが明らかになった。一方ジャヤナギ上の系統はマルバヤナギ上の系統とは異なる発生生態を有していた。



©2006 筑波大学生物学類