つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200756

カーボンナノチューブによる新規形質転換法の検討

瀬戸口 希 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中島 敏明(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 カーボンナノチューブは、炭素原子からなる六員環層構造(グラフェンシート)が単層もしくは多層の同軸管状になった構造をしている。1991年の発見以来、その特殊な構造に由来する様々な性質が研究されており、ナノテクノロジー分野における新素材として大きな注目を集めている。構造によって電気伝導性が変化することからシリコンに替わる次世代の半導体素材として期待されている。加えて、その中空構造の内部に多量の水素を吸収できることから燃料電池の素材、引っ張り強度の強さやしなやかな弾力性をもつことにより頑丈な線維素材などへの応用が期待されている。またバイオテクノロジー分野における応用として、カーボンナノチューブがDNAを吸着する性質をもつことから、遺伝子運搬体としての利用が検討されている。
 一方、カーボンナノチューブと同様に繊維状で、強度があり且つDNAの吸着力を持つクリソタイル(アスベストの一種)を用いた新規遺伝子導入法が考案された(Yoshida et al. 2002)。クリソタイル等の針状鉱物結晶の水溶液にプラスミドやトランスポゾン等を加え、宿主細胞として大腸菌を加えた後、これをアガロース等の弾性体上に滴下し滑り摩擦を与えることにより、針状結晶が菌体に突き刺さり、この時形質転換を起こすことが出来る。しかし昨今アスベストに関する健康被害の報告が多く、その使用には注意が必要であった。
 そこで本研究では、アスベストに代替する素材として、近年遺伝子運搬体として注目されているカーボンナノチューブを使用することを試みた。しかし通常のカーボンナノチューブは疎水性が強く、そのままでは水に分散しない。よって本研究では水への分散性を高めた化学修飾型のカーボンナノチューブを用いて上記方法による形質転換を試験し、種々の操作条件の検討を行った。

<材料・方法>
 本研究では形質転換にGene Injector((株)高崎科学器械製)を使用した(fig.1)。本装置は上記形質転換法を簡便に行うために、当研究室と宮崎大学との共同研究で開発されたものである。使用するプレートにはアンピシリン、IPTG、X-galを加えた2%-LBagaroseを用いた。またプレートは作成後1日以上、室温で放置し、使用前にはシャーレの蓋を開けてクリーンベンチ内で15〜20分間、乾燥させたものを用いた。
 d.d.w.で希釈した修飾型カーボンナノチューブ(0.1%CNT-NH3+ 、0.01%CNT-COO-)水溶液にプラスミド(pUC18)を加えて約5分間静置したのち、LB平板上で18〜22時間培養した宿主細胞(E. coli JM109)を一白金耳加えてvortexにかけた(これをCNT-DNA溶液とする)。 プレートをGene Injectorの回転台に設置し、作製したCNT-DNA溶液を50μl滴下し、80gの荷重を加えながらプレートを1分間回転させることで、遺伝子導入を行った(fig.2)。

<結果・考察>
 厚型プレートと薄型プレートを作製し形質転換効率を比較したところ顕著な差が確認でき、薄型プレートの方がより高い値を示した。これは厚型プレートでは、作製時より多くの水滴がプレートの上蓋に付着することで、プレート表面の乾燥を妨げているためだと考えられる。
 垂直抗力(荷重)を40g、50g、60g、70g、80gと変えて比較したところ、80gの荷重をかけた時に最も高い形質転換効率を示した。しかし80gの荷重では負荷がかかり過ぎてアガロースゲルが割れることがあったため、これ以上の荷重をかけるのは不可能と判断した。
 クリソタイルを用いた元法ではNaClの存在、すなわちカチオンが形質転換効率に大きな影響を及ぼすことが分かっている。NaClが存在する状態(200mM)と存在しない状態(0mM)を作製し比較した結果、正電荷CNTではNaClの添加により凝集が起こることが確認された。また負電荷CNTではNaClが存在しない場合には形質転換がほとんど起こらないことが確認された。これまでの実験で最高3.65×104 cfu/μgの形質転換効率が得られた。

<今後の予定>
・さらに詳細な操作条件を求める。
・大腸菌以外の宿主−ベクター系への応用。


    fig.1 Gene Injector


     

                         fig.2 遺伝子導入の模式図




©2006 筑波大学生物学類